
十月の終わり、窓の外では枯れ葉が一枚、ゆっくりと落ちていった。そんな午後のことだ。
うちの猫、ムギ(雑種・オス・推定7歳)が、いつもと少し違う場所で丸くなっていた。ソファの端ではなく、暖房の吹き出し口のすぐ脇。あ、この子、もう冬の準備をしているんだな、と思った瞬間、なぜか自分の体のことも気になりはじめた。
猫と暮らすようになって気づいたことがある。猫の変化に敏感になると、自分自身の変化にも気づきやすくなるということだ。季節の変わり目、特に秋から冬へと移ろうこの時期は、体調に気をつけることがいつも以上に大切になる。それは猫にとっても、人間にとっても、同じらしい。
ムギが最近、食事に気をつけるきっかけをくれた。ある朝、いつもは完食するウェットフードを半分ほど残していたのだ。最初は「気まぐれかな」と思ったけれど、二日続いたとき、さすがに背筋がすっと伸びた。食欲の変化は、体の内側からのサインだ。猫は言葉を持たないぶん、食べる量や食べ方で不調を伝えてくる。残したフードの量を毎日なんとなく目で確かめるようになって、それが習慣になった。ちなみに、ムギのお気に入りは「ノルドキャット」というブランドの魚系フード。これを出すときだけ、台所に来る足音が明らかに速い。
動きに気をつけることも、大切だと思い知らされた経験がある。子どもの頃、実家で飼っていた猫が、ある日突然ジャンプをやめた。棚の上が大好きだったのに、じっと下から見上げるだけになって。あの時はただ「老いたのかな」と幼い目で見ていたけれど、今なら分かる。あれは関節の痛みだったかもしれない。ムギが高いところへ飛び乗る時、着地の音が少し変わった気がしたら、それだけで心配になる自分がいる。動きのわずかな変化を見逃さないことが、早期ケアへの一番の近道だ。
晩秋の光は斜めに差し込んでくる。フローリングに伸びた細長い日だまりの中で、ムギはうとうとしながら、ときどき耳だけをぴくりと動かす。その耳の先が、窓から入る風の音を拾っているのかもしれない。冷えた空気のにおいが、かすかに部屋の中に漂ってくる。この季節の空気は、少し金属的な冷たさがある。猫の鼻はそれをもっと鋭く感じているのだろうと思う。
体調に気をつけるというのは、大げさなことじゃない。毎朝ムギの顔を見て、目やにが増えていないか、鼻が乾いていないか、ほんの数秒だけ確かめる。それだけのことだ。ブラッシングをしながら、背中や腰に触れて、筋肉のこわばりや毛並みの変化を手のひらで感じ取る。この触れる時間が、実は自分にとっても小さな「整える儀式」になっている。猫の温もりを感じながら、自分の呼吸もゆっくりになる。
先日、ちょっとした失敗をした。ムギのために買ってきた新しい毛布を、ソファに広げておいたのだ。「絶対喜ぶはず」と確信していたのに、ムギはそれをじっと一瞥し、くるりと背を向けて、元の古い毛布に戻っていった。猫の好みは、人間の期待をいつも軽やかに裏切る。
でも、そういう小さなやり取りの積み重ねが、猫の「いつも」を知ることにつながる。いつもの場所、いつもの食べ方、いつもの動き。その「いつも」からのズレに気づける関係性こそが、一緒に暮らす猫の体調を守る、一番シンプルな方法なのかもしれない。
十月の終わりの夕暮れ、ムギはまた日だまりの中に戻っていた。今日も元気そうだ。それだけで、なんだかほっとする。

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