
夏の夜明け前、部屋はまだ藍色をしていた。
カーテンの隙間からほんのわずかに白みがかった光が差し込んで、天井の角をぼんやりと照らしている。午前5時を少し回ったころ。わたしはまだ夢と現実の境目をゆらゆらと漂っていた。ベッドの中で膝を緩やかに折り、薄手のリネンケットを胸のあたりまで引き寄せていた。七月の朝でも、この時間だけは空気がひんやりとしていて、それがまた眠りを深くする。
そこへ、気配が来た。
音というよりも重さ。四本の足がひとつずつ、確かめるようにシーツの上を踏む。ゆっくりと、でも確実に近づいてくる。わたしの腰のあたりに小さな体重がかかり、それがじわじわと胸の方へ移動してくる。目を開けなくても、それが誰だかわかる。うちの猫、ムーンだ。
ムーンは三歳になる白黒のハチワレで、名前の由来は額にある丸い黒い模様。インテリアショップ「ノルドフィン」で買ったグレーのクッションの上が定位置で、昼間はほぼそこで眠っている。なのに朝だけは、決まってわたしのベッドに来る。
ゆっくりと目を開けると、顔のすぐそこにムーンの顔があった。まん丸で、吸い込まれそうなほど深い、可愛い瞳がわたしをじっと見ている。瞳孔はまだ細くなりきっておらず、薄暗い朝の光の中でわずかに広がったまま。その目に見つめられると、不思議と「起きなければ」という気持ちより先に、「もう少しこうしていたい」という気持ちが勝ってしまう。
ムーンはわたしの顔の横に前足を置き、鼻をそっと近づけてきた。かすかにあたたかい息。猫の体温というのは人間よりも高いから、その吐息はふわりとやわらかく頬にかかる。子どもの頃、実家で飼っていたトラという雑種猫も、こうして朝になるとわたしの布団に潜り込んできた。あの頃は小学生で、学校に行きたくない月曜日の朝に限って、トラがそばにいてくれたような気がする。記憶というのは都合よく美化されるものだけれど、それでもあのあたたかさだけは本物だったと思っている。
猫に起こされるというのは、目覚まし時計とは全然違う。アラームは否応なしに現実へ引き戻すけれど、猫はそっとまどろみの中に入り込んでくる。ベッドの中でうとうとしながら、誰かの気配を感じて、それがやわらかくて小さな命だと気づく瞬間。その体験には、なんとも言葉にしにくい特別な質感がある。
「ニャ」と短く鳴いた。
小さな声だった。要求というよりも、確認するような声。「起きてる?」とでも言っているような。わたしが手を伸ばして背中を撫でると、ムーンはゴロゴロと喉を鳴らしながら、今度は体ごとわたしの腕の隣に横たわった。起こしにきたのか、一緒に寝たいのか、どっちなんだろうと思いながら、わたしもそのまま目を閉じる。
ちなみにこの日、結局わたしは二度寝に成功した。ムーンも一緒に丸くなって、気づいたら7時を過ぎていた。朝ごはんをせがんでいたのでは、なかったのかもしれない。あるいは、目的を果たしたら満足してしまったのか。猫の考えていることは、いつもすこしだけ謎のままだ。
夏の朝の、7時過ぎの光はもう白くて強い。カーテン越しにセミの声が聞こえ始め、部屋の温度がじわじわと上がっていくのを感じながら、わたしはようやくベッドから出た。ムーンはそのとき、もうすでに深く眠っていた。起こしにきたのはどちらだったのか、もはやよくわからない。
猫に起こされる朝というのは、少し不思議な時間だ。眠れなかったわけでも、ゆっくり眠れたわけでもない。ただ、誰かと同じ朝を過ごしたという感覚だけが、一日の最初にそっと残っている。それがベッドの中の、小さくてあたたかい奇跡だと思う。

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