
七月の朝というのは、光の入り方がどこか特別だと思う。カーテンの隙間から差し込む白みがかった陽射しが、フローリングの上にまだらな模様を描く時間。そのぬるい光だまりの真ん中に、うちの猫のムギが丸まって眠っていた。
猫と暮らし始めてから、朝の過ごし方が変わった。以前はコーヒーメーカーのスイッチを入れるなり、すぐにスマートフォンを手に取っていたのに、今は先にムギの様子を確認することが習慣になっている。ちゃんと呼吸しているか、毛並みに乱れはないか。そういう小さな確認が、一日の最初の仕事になった。
猫は体調が悪くても、つらさを言葉や態度でわかりやすく伝えることがほとんどない。
だから、飼い主が日々の「いつもと違う」に気づいてあげることが、何より大切になる。
体調に気をつけるといっても、最初はどこを見ればいいのかわからなかった。そんなとき、近所の動物病院「ねこの駅前クリニック」の先生に言われた言葉が今も頭に残っている。「猫の健康は、毎日の小さな観察の積み重ねです」と。大げさな器具も難しい知識も要らない。ただ、毎日ちゃんと見ること。
普段から食事の量や回数、排泄の様子、行動パターンを把握しておくと、異変に気づきやすくなる。急に食欲が落ちた、水を飲む量が増えた、トイレの回数が増減したなどは、病気のサインかもしれない。
食事に気をつけることも、猫と暮らす上での大切な柱のひとつだ。
猫にとって食事は単なる栄養補給ではなく、生活のリズムを整える大切な時間。毎日決まった時間の食事で猫は安心し、ストレスが軽減される。
ムギも、ごはんの時間になると台所のドア前に陣取って、こちらをじっと見上げてくる。あの視線の重さといったら、なかなかのプレッシャーだ。
先日、フードを切らしてしまって、あわてて「ネコリパ」というブランドの新しいウェットフードを試してみた。ムギはしばらくくんくんと匂いを嗅いで、それから一口食べ、また匂いを嗅いで……という動作を三回繰り返してから、ようやく食べ始めた。その慎重さに、思わず「信用してもらえてないのかな」と心の中で苦笑した。猫の審査は厳しい。
動きに気をつけることも、見逃せない観察ポイントだ。
夜の運動会、遊び、お気に入りの場所へのジャンプなど、日常活動の活発さや時間の長さも病気を見分けるポイントとなる。
ムギはもともとキャットタワーの最上段が定位置なのだが、ある日からぴたりと登らなくなった時期があった。最初は気のせいかと思っていたが、三日ほど続いたので病院に連れていくと、爪が少し巻いていて肉球に当たりかけていたとわかった。痛かったのだ。
子どもの頃、実家で飼っていた猫が急に元気をなくしたとき、家族全員が「様子を見よう」と言い続けて、受診が遅れたことがある。あのときの後悔が、今の自分を少し臆病にしている。
半日から一日様子を見ても改善しない、ぐったりしている、呼吸が荒い場合は早めに動物病院へ行くことが大切で、迷ったら「念のため行く」判断をすることが安心につながる。
猫は習慣的に行動する動物だ。いつものように起きてこない、なんとなく食欲がない、動きが鈍い、いつも以上に甘えるなど、「いつもと違う」行動をとるときは注意が必要だ。
夕方、仕事から帰ってきたとき、玄関でムギが出迎えてくれる日と、リビングの奥でまだ丸まっている日がある。その違いだけで、今日の調子がなんとなくわかるようになってきた。言葉を持たない生き物と暮らすというのは、こういうことなのかもしれない。五感を研ぎ澄ませて、相手の小さなサインを読み取る練習を、毎日続けること。
猫と暮らす時間は、静かで、温かくて、それでいてどこかひりひりするような緊張感がある。体調に気をつけるということは、その緊張感を手放さないということでもあると、最近思うようになった。ムギが今日も窓の光の中で目を細めている。それだけで、十分な一日だ。

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