
八月の終わり、夕方五時をすぎると浴室の電球がひとつ、じんわりとオレンジ色に灯る。その光の中で、わたしはまた今日も猫を洗っている。
うちには三匹いる。スコティッシュフォールドのむぎ、雑種の長毛のはな、そして生後八ヶ月になったばかりのチャトラン。三匹それぞれに個性があって、入浴のたびに毎回ちがう展開が待っている。静かな休日のはずが、浴室だけはいつもにぎやかだ。
猫の入浴を本格的に始めたのは、去年の秋ごろのことだった。きっかけは些細なことで、はなの被毛に小さなほこりが絡まっているのを見つけて、「ちゃんときれいにしよう」と思い立っただけだった。最初はおそるおそる、シャワーヘッドを猫から遠ざけながら、ぬるま湯をそっと背中にかけた。
シャワーの音や水しぶきが苦手な猫も多いので、シャワーはできるだけ使わないほうがいい
と知ってからは、小さな桶でお湯をすくって流すやり方に切り替えた。それだけで、はなの抵抗がずいぶん和らいだ。
お湯の温度は35℃前後が目安で、猫を首のあたりまでお湯に浸けて、しっかりと毛を濡らしてから、首・背中・お腹・足・しっぽの順に洗っていく
のが基本だと学んだ。そしてシャンプーは必ず猫用を。
無香料タイプを使用し、1:5の割合で水に薄めて使うのが理想的
らしく、わたしはいまも「ポワルシャンプー・ナチュレル」という架空のブランドを探し続けているような気分で、ドラッグストアの棚をじっくり眺める癖がついた。
むぎはわりと大人しい。お湯に入れると最初の三十秒だけ低く唸るけれど、あとはじっとしている。濡れた耳が折れ重なって、いつもよりずっと小さく見える。その耳に、シャワーのしぶきがかからないよう手で覆いながら洗うのが、なんとなくわたしの好きな時間になっていた。温かいお湯が指の間を流れていく感触と、むぎの体温が混ざり合う、あのやわらかい感じ。
問題はチャトランだ。
シャワーをかけられた猫が「まさかこんなひどい仕打ちを受けるなんて」という表情を浮かべる
という話をSNSで見たとき、「それはチャトランのことだ」と即座に思った。お湯をかけた瞬間、こちらを振り返るあの目。「あなたのことを信じていたのに」という哲学的な眼差し。子猫とは思えない重みのある視線を全身に受けながら、わたしはひたすら泡を流す。——ちなみに一度、泡を流し切る前にチャトランが浴室を脱走し、リビングのソファに白い泡の足跡を三つ残したことがある。あのとき心の中でひっそりと「やられた」と思ったのは、ここだけの話にしておく。
お風呂が苦手な猫には、蒸しタオルで優しく拭いてあげる「蒸しタオル浴」も有効で、首・肩・前脚・胴・腰・後脚・尾・肉球の順に丁寧に拭いてあげると効果的
だという。チャトランには今後この方法も試してみるつもりだ。
洗い終わった猫をタオルで包むとき、いつも子どもの頃のことを思い出す。実家で飼っていた猫を初めて洗ったとき、母がタオルで猫をぐるりと包んで「おにぎりみたいでしょ」と笑った。あの日の浴室の湯気の匂いと、母の声が、いまでも鼻の奥にうっすら残っている。
三匹を洗い終えると、浴室はびしょびしょで、わたしのTシャツも半分濡れている。排水溝には長毛のはなの毛がふわりと溜まっている。にぎやかで、少し疲れて、でもどこか満たされた気持ち。乾かしたあとの猫たちはそれぞれ思い思いの場所に散って、むぎはソファの肘掛けで丸まり、はなは窓辺で夕暮れを眺め、チャトランだけがわたしの足元にすり寄ってくる。
さっきまであんなに嫌がっていたくせに、と思いながら、その温かい重みを足の甲で感じていた。
猫の入浴は、手間がかかる。毎回にぎやかで、毎回どこかが濡れる。それでもきれいにしようと浴室に立つたびに、この子たちと過ごす時間の密度を、皮膚で確かめているような気がしている。

コメント