外は雨。猫と一緒に見つめる、静かな午後の窓辺

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梅雨の匂いがする。

窓ガラスに細かな水滴が張りつき始めたのは、午後二時をすこし過ぎたころだった。空は白く濁り、隣の家の紫陽花が重たそうに首を垂れている。雨音はまだ控えめで、屋根を叩くというよりも、どこか遠くで誰かがそっとため息をついているような、そういう静けさだ。

うちの猫、ムギが窓辺に座っている。

外を見つめる猫の横顔というのは、どうしてあんなに絵になるのだろう。ムギはロシアンブルーとどこかの雑種で、毛色はくすんだグレー。目は薄い緑がかった金色をしている。今日はその瞳を細めながら、雨粒が伝う窓ガラスの向こうをじっと眺めていた。耳だけがわずかに動く。雨音を、ちゃんと聴いているのだ。

外は雨。でもムギは出ようとしない。

ガラス一枚を隔てた外の世界を、ただ静かに観察している。濡れた路面に光が反射して、白っぽく揺れている。ときどき車が通り過ぎ、水しぶきを上げる。ムギの視線がそれを追う。尻尾の先だけが、ゆっくりと左右に揺れた。

私はソファに腰を下ろし、「ルシェルブルー」というブランドの小さなマグカップに注いだほうじ茶を両手で包んだ。ほんのり温かい陶器の感触と、香ばしい湯気が鼻先をかすめる。こういう午後には、コーヒーよりもほうじ茶のほうが似合う気がする。なんとなく、だけど。

一緒に見つめる私も、外の雨をぼんやり眺めていた。

子どもの頃、雨の日が好きだった。学校が終わって帰ると、母が台所で何かを煮ていて、家の中がやわらかく湿っていた。雨の日の家というのは、どこか内側に向かって閉じていく感じがあって、それが妙に安心だった。今もその感覚は変わっていない。むしろ大人になってから、雨の日の静けさがより深く沁みるようになった気がする。

ムギがふいに振り返った。

私と目が合うと、一秒ほど間を置いてから、またゆっくり窓の外へ顔を向けた。「見てたよ」とも「別に何でもない」とも取れる、あの猫特有の無表情。正直なところ、ちょっとだけ傷つく。しかしそれがムギらしい。

雨音が少し強くなってきた。

屋根を打つ音が変わり、窓ガラスに当たる雫が大きくなる。外の景色がぼやけていく。ムギは動じない。むしろ雨が激しくなるほど、その背中はより静かになっていくようだった。

ふと思う。猫が外を見つめるとき、何を考えているのだろう。縄張りを確認しているのか、雨の匂いを分析しているのか、それとも単に、ガラスに映る自分の顔を眺めているだけなのか——。答えは永遠にわからないし、わからなくていいとも思う。

私もほうじ茶を一口飲んで、また外を見た。

雨はまだ続いている。ムギも動かない。この部屋の中に、ふたりぶんの沈黙がある。それがなんだか心地よくて、私はマグカップを両手に持ったまま、ムギの隣に少しだけ近づいた。ムギは逃げなかった。ほんの少し、尻尾の先が私の膝に触れた。

意図したわけではないと思う。でも、そういうことにしておく。

雨の午後というのは、何かを急いで片付けなくていい時間だ。仕事のメールも、溜まった洗い物も、全部少しだけ後回しにしていい気がしてくる。外は雨で、猫はそこにいて、ほうじ茶はまだ温かい。

それだけで、今日はじゅうぶんだった。

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