
七月の夜は、思ったよりも長い。
窓の外では、どこか遠くの街路樹がざわざわと揺れている。エアコンの設定温度を26度にしたまま、私はソファに座って冷めかけたハーブティーを手に持っていた。「ヴェルデルーチェ」というインテリアブランドのカタログを開こうとしていた、ちょうどそのときだった。
バン、という音がした。
リビングの隅に置いてあったティッシュボックスが、床に転がっていた。
犯人は、もちろんわかっている。
うちの猫——名前はムギ、三歳になるキジトラの雄——が、棚の上から颯爽と飛び降り、次の瞬間にはもうキッチンへと走り去っていた。その後ろ姿を、私はただ呆然と見つめた。何も言えなかった。言葉が出なかったというより、もう慣れすぎていて、ため息すら追いつかなかったのだ。
賑やかな猫、とはよく言ったものだと思う。
ムギがうちに来たのは三年前の秋で、あのころはまだ手のひらに乗るくらい小さかった。おずおずとケージの隅にうずくまっていたあの子猫が、今では部屋中を走り回る猫になるとは、正直まったく想像していなかった。子どもの頃、実家で飼っていた猫はとにかくおとなしくて、日当たりのいい縁側でずっと丸まっているような子だった。だから猫というのは静かな生き物だと、なんとなく信じていた。ムギはその幻想を、入居初日から完全に打ち砕いた。
今夜も、ムギの走り回る猫モードはなかなか終わらない。
キッチンからリビング、リビングから廊下、廊下から寝室。その足音が、想像より三倍は大きい。フローリングを蹴る音、カーテンに突進する音、何かをひっくり返す音。私はハーブティーのカップをそっとローテーブルに置き、ムギの行方を目で追った。
廊下のつきあたりで、ムギがぴたりと止まった。
何かを見つけたらしい。床に落ちていた輪ゴムを、前脚でちょいちょいと突いている。その横顔は、真剣そのものだ。眉間に(猫に眉間があるとしたら、の話だが)しわを寄せるような集中ぶりで、輪ゴムと向き合っている。その顔があまりにも真剣すぎて、私は思わず口元がゆるんだ。
呆れる私、の気持ちと、笑ってしまう私の気持ちが、同時に存在している。
七月の夜の空気は、少しだけ湿っている。エアコンの風が膝のあたりをかすめて、ひんやりとした感触が肌に残る。ハーブティーの香りがかすかに漂っていて、カモミールとレモングラスが混ざったような、やわらかい匂いだ。窓の外では虫の声がしている。ヒグラシにはまだ少し早い季節で、正体のわからない細い声が、断続的に聞こえてくる。
ムギが、また走り出した。
今度はソファの背もたれをよじ登り、私の肩のすぐ横に着地した。その勢いで私の体がぐらりと揺れ、手元に引き寄せていたカタログが床に落ちた。ヴェルデルーチェの秋冬新作ページが、無残にも開いたまま床に広がっている。ムギはそれを一瞥もせず、私の肩口に鼻先をくっつけてくんくんと匂いを嗅いだ。
温かかった。
その体温が、肩から腕へじんわりと伝わってくる。さっきまであんなに暴れていたくせに、今はもう落ち着いた顔をして、目をゆっくりと細めている。賑やかな猫というのは、こういう生き物なのだ。嵐のように走り回ったかと思えば、次の瞬間にはこうして静かに寄り添ってくる。
私はしばらく、呆然とムギを見つめていた。
呆れる私、というのは正確ではないかもしれない。どちらかというと、ただただ見入ってしまっている、という感じに近い。走り回る猫の動きは、予測がつかない。どこへ行くのか、何をしたいのか、何が見えているのか。その全部がわからないまま、私はいつもムギの後を目で追っている。
ムギが、ふいに大きなあくびをした。
口を限界まで開けて、小さな歯をのぞかせて、それからゆっくりと目を閉じた。あっという間に、寝息が聞こえてくる。さっきまで輪ゴムと格闘していた猫とは、とても思えない。
七月の夜が、少しだけ静かになった。
床に落ちたカタログを拾う気にもなれず、私はそのままムギの体温を肩に感じながら、冷めたハーブティーをひとくち飲んだ。苦みが舌に広がって、それがなんだか悪くなかった。賑やかな猫と暮らすということは、こういう夜の積み重ねなのだと思う。呆れて、笑って、目が離せなくて、それでいつの間にか時間が過ぎていく。
走り回る猫は今、私の肩の上で眠っている。


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