読書する私の邪魔をする猫が、愛おしくてたまらない理由

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夏の午後、窓から差し込む光がフローリングに細長い四角形を描いていた。エアコンの設定温度は27度。それでも足元はじんわりと熱く、アイスコーヒーのグラスには早くも水滴が伝い始めていた。そんな日の午後3時ごろ、私はソファに深く沈んで、ずっと積読にしていた一冊をようやく開いた。

ページをめくって数分もしないうちに、気配がした。

うちの猫、ムギ——麦色の縞模様を持つ雄猫——が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。その足音は、ほとんど聞こえない。ただ、フローリングのわずかなきしみだけが、彼の存在を告げていた。私は本から目を離さないようにしながら、視界の端でその動きを追う。来るな、来るな、と念じながら。

来た。

本の上に、どすん、と乗ってきた。

猫が読書の邪魔をするのは、飼い主がヒマそうにぼーっとしているように見えるからだという。
そうか、私の読書姿は、ムギの目にはただの「暇人がぼんやりしている図」に映っているのか。それはちょっと、否定しにくい。

ムギは本の上で丸くなり、私の視界をほぼ完全に塞いだ。ページの文字は彼の腹毛の下に消え、物語の続きは闇の中へ。私は本を閉じるしかなかった。いや、正確には、閉じたというより、ムギに閉じさせられた。

こういうとき、怒れないのが猫という生き物の恐ろしいところだ。

猫に作業を邪魔されても怒らず、優しい対応を心がけてあげましょう、という言葉がある。
頭ではわかっている。でも、正直なところ、怒る気にもなれない。ムギの体温が、本越しに手のひらへ伝わってくる。夏なのに、その温かさがなぜか心地よかった。

子どもの頃、実家に猫がいた。名前はクロ。真夜中に一人で本を読んでいると、いつの間にか膝の上に乗ってきて、そのまま一緒に朝を迎えたこともある。あのころ、私は猫と過ごす時間が読書と同じくらい好きだった。それをすっかり忘れていた気がして、ムギの重みが少し懐かしかった。

飼い主さんに向かい合って膝の上に乗ってきたときは、「コミュニケーションをとりたい」と思っているのだという。
ムギは今、私の本の上で私の顔をまっすぐ見上げている。その目は、琥珀色で、少し眠そうで、それでいてどこか真剣だった。

「何が読みたいんだ」と声をかけると、ムギはゆっくりとまばたきをした。

猫がゆっくりまばたきを返してくれるなら、それは甘えたいサインだという。
たっぷり撫でてやった。耳の後ろ、顎の下、背骨に沿って指を滑らせると、ムギは目を細めて低くのどを鳴らした。その音は、古い木造家屋の床板が立てるような、くぐもった温かい響きだった。

インテリアショップ「ノルドリン」で買った麻のクッションカバーに、ムギの毛がまた付いている。洗っても洗っても追いつかない。それでも、そのクッションを捨てようと思ったことは一度もない。

読書する私の邪魔をする猫。それは、愛おしい猫との暮らしの中で、最も日常的で、最も愛しい瞬間のひとつだ。物語の続きは、ムギが次の部屋へ去った後でいい。どうせ今日中に読み終わるつもりもなかったのだから。

窓の外では、夏の光がゆっくりと傾き始めていた。ムギはいつの間にかソファの端で眠っていて、その腹が規則正しく上下していた。私は冷えたアイスコーヒーを一口飲んで、また本を開いた。今度こそ、邪魔されませんように——と思いながら、でも少しだけ、来てくれてもいいか、とも思っていた。

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