
十月の朝は、光の色が少し違う。
夏の白さが抜けて、どこか琥珀がかった柔らかい光が、カーテンの隙間から斜めに差し込んでくる。その光の帯の中に、細かな埃がゆっくりと漂っているのを、私はぼんやりと眺めていた。膝の上には読みかけの文庫本。手のひらには、まだ温かいコーヒーのマグカップ。「ルーミナス・ドリップ」というインテリアブランドが出しているマットなグレーのカップで、持ち手がほんの少し太く、手に吸い付くような感触がある。今日こそは、ゆっくり読書する私でいよう、と思っていた。
そこへ、来た。
ソファの端から、小さな頭がにゅっと覗いた。うちの猫、麦だ。三歳のキジトラで、気が向いたときだけ甘える、典型的な気分屋。しかしこの日の麦は、どうやら気分が向いていたらしい。するすると近づいてきたかと思うと、私の膝の上に開いたままの本の上に、ためらいなくどっかりと座った。ページが完全に隠れた。栞を挟む間もなかった。
邪魔をする猫というのは、世界中に存在するらしい。SNSでも、本の上に乗る猫、キーボードを占拠する猫、画面の前に仁王立ちする猫の写真が日々流れてくる。でも、実際に目の前でやられると、笑うより先に「あ、」という短い声が出る。怒れない。怒れるわけがない。だって、麦はこちらをまっすぐ見上げながら、ゴロゴロと喉を鳴らし始めたのだから。
子どもの頃、実家に猫がいた。名前はクロで、ひどく人見知りな猫だった。私が宿題をしていると、決まって机の下に潜り込んで足首に頭をこすりつけてきた。邪魔、と思いながらも、その温もりが好きで、わざとゆっくり鉛筆を動かしていた記憶がある。麦を見ていると、あの頃のことをふと思い出す。
麦の毛並みは、光の当たり方によって色が変わる。正面から見ると茶と黒の縞模様だけれど、斜めから秋の朝日が差すと、うっすら金色がかって見える。その毛に指を差し込むと、想像より少しだけ柔らかくて、体の奥から熱が伝わってくる。猫の体温は人より高い。その熱が膝を通して、じんわりと足の骨まで届くような気がした。コーヒーの香りと、麦の獣っぽいにおいが混じって、妙に落ち着く空気になっていた。
しばらくそのまま、私は本を読むのをあきらめた。
あきらめた、というと聞こえが悪いけれど、正確には「切り替えた」のだと思う。読書する私から、猫と過ごす私へ。麦の背中を、ゆっくりと撫でた。尻尾の付け根のあたりを指で押すと、麦は目を細めて、ますますゴロゴロと大きな音を立てた。その音は低くて規則的で、不思議と心拍数を落ち着かせる。
ただ一度だけ、麦が盛大にくしゃみをして、私のコーヒーカップに鼻先をぶつけそうになった。カップがカタン、と揺れて、中のコーヒーが危うくこぼれそうになった瞬間、麦はきょとんとした顔でこちらを見た。私は思わず「危ない」と声に出したが、麦はもうすでに何事もなかったように丸くなっていた。……まあ、いい。
愛おしい猫というのは、こういうものだと思う。計画を狂わせて、でもそれ以上のものを置いていく。読み終えるつもりだった本は、まだ半分も進んでいない。それでも、この十月の朝の記憶は、たぶんずっと残る。麦の重さと、コーヒーの香りと、斜めに差し込んだ金色の光と一緒に。

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