
六月の夕暮れどき、窓の外からひぐらしの声が聞こえてくるよりも少し前、浴室の扉を開けると湯気がふわりと顔にかかった。37度に設定したシャワーのお湯が、タイルの床に静かに落ちている。そしてその中心に、三毛猫のハナが仁王立ちになっていた。
猫の入浴を日課にしはじめたのは、去年の秋のことだ。きっかけは些細なことで、ハナが縁側でこっそり食べていた何かの残骸——おそらく庭に迷い込んだトカゲだったと思う——が毛に絡みついていたことだった。ブラシでは取れず、ウェットティッシュでも追いつかず、気づけば浴室に連れ込んでいた。その日から、我が家のお風呂はにぎやかになった。
ハナだけではない。ロシアンブルーのソラと、黒猫のクロスケも加わって、今では週に一度、三匹を順番に洗う。「猫は自分で毛づくろいをするから入浴は不要」という話は知っている。でも一度きれいにしてあげると、その柔らかさと清潔な香りがやめられなくて、気づけば洗いまくっています、という状態になっていた。
洗う順番はいつも決まっている。まず一番おとなしいソラから。シャワーのお湯が背中に触れた瞬間、ソラは小さく「ふにゃ」と鳴いて、そのまま諦めたように目を細める。その表情がなんとも言えず愛おしい。次にハナ。ハナは最初の三十秒だけ抵抗して、あとは静かになる。問題はクロスケだ。クロスケだけは毎回、シャワーヘッドを向けた瞬間に浴槽の縁へ飛び乗り、滑って戻ってくる。本人も何がしたかったのかよくわかっていないような顔をする。こちらも心の中で「そうじゃないんだよ」とだけ思って、そっと抱き直す。
猫の入浴で大切にしていることがいくつかある。まず温度。猫の体温は人間より少し高いため、ぬるすぎると逆に体を冷やしてしまう。次にシャンプー。我が家で使っているのは「ネコノシズク」という猫専用の低刺激シャンプーで、植物由来の成分でできていてほのかなカモミールの香りがする。洗い流した後の毛からその香りがふわっと漂うとき、なんだか自分まで癒される気がした。
子どもの頃、実家で飼っていた猫は一度もお風呂に入れたことがなかった。母が「猫は自分できれいにするから大丈夫」と言っていて、そういうものだと思っていた。だからこうして毎週お湯を張って三匹を洗っている自分は、あの頃の自分からすれば少し不思議な存在かもしれない。でも、きれいにしようという気持ちはきっと、あの頃も今も変わっていない。
洗い終わった後のことも書いておきたい。タオルで包んだ瞬間の猫の重さと温かさ、それからドライヤーの音に少し緊張しながらも目を細めていく顔。毛が乾くにつれて、ふわふわと膨らんでいく感触。あの瞬間だけは三匹とも大人しくて、浴室がしんとする。にぎやかだったお風呂場が、急に静かな場所になる。
六月の夜はまだ蒸し暑くて、乾かし終えた三匹はそれぞれ涼しい場所を探してリビングへ散っていく。ハナは窓際、ソラはソファの下、クロスケはなぜかいつも玄関マットの上。きれいになった毛並みが、夜の灯りの中でほんのり光っている。
猫の入浴は、手間がかかる。時間もかかる。でも週に一度のその時間が、今は一週間の中でいちばん好きな時間になっている。

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