本を読む私の膝に、愛おしい猫がやってくる

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六月の夕暮れは、思いのほか長い。窓の外がまだ薄紫に染まっているのに、室内にはもう夜の気配が漂いはじめる、あの曖昧な時間帯のことだ。その日も私は、リビングのソファに深く沈み込んで、ずっと積んでいた文庫本をようやく開いていた。ページをめくるたびに、かすかに古紙の匂いがする。買ってから半年は経っているだろうか。背表紙に少し日焼けの跡がある本だった。

読書する私にとって、夕方のこの時間は特別だ。子どもの頃、母が台所で夕飯の支度をしている音を遠くに聞きながら、押し入れの中で懐中電灯をつけて本を読んでいたことを、ふと思い出す。あの狭くて暗い空間が、なぜかひどく安心できた。今もきっと、そういう感覚を探しているのかもしれない。

しばらく読み進めていると、背後でかすかな足音がした。やわらかい、しかし確実に何かが近づいてくる音。振り返る間もなく、ソファの背もたれをつたって、一匹の猫が私の肩口に鼻先を押しつけてきた。うちの猫、むぎだ。三歳になる茶トラで、普段はどこかで丸まって寝ているくせに、私が本を開いたとたんに現れる。まるで「読書探知機」でも内蔵しているかのように。

最初は無視して読み続けた。むぎはそれが気に入らなかったらしく、今度は前足で私の手をちょんちょんと叩いてくる。ページをめくろうとする指の上に、小さな肉球がのっかってくる。温かくて、少しだけ湿っている。それでも私が本から目を離さないでいると、むぎはついに文庫本の上にどっかりと座り込んだ。ちょうど物語が佳境に差し掛かったページの上に、である。心の中で「そこじゃなくて」と軽くツッコんだが、声には出さなかった。

邪魔をする猫、とよく言う。猫を飼っている人なら、誰もが経験することだろう。でも、むぎのこの行動が「邪魔」だと思ったことは、正直あまりない。むしろ、本の世界に没入しすぎていた意識が、ふっと現実に引き戻される感じがして、悪くないのだ。

近くのインテリアショップ「フォグリーフ」で買ったキャンドルが、棚の上でゆらゆらと揺れている。ラベンダーとシダーウッドを混ぜたような香りが、部屋にうっすら広がっていた。むぎはその香りが好きなのか嫌いなのか、いつも無表情でそちらをちらりと見るだけだ。今日もそうだった。一瞬キャンドルに視線を向けてから、また私の膝の上に戻ってきて、くるりと丸くなった。

その重さが、膝にじんわりと伝わってくる。猫一匹分の重さというのは、不思議なほど安心感がある。本は読めなくなったけれど、むぎの体温が太ももを通して伝わってきて、なんだか眠くなってきた。窓の外では、どこかの家から夕飯の匂いが漂ってくる。玉ねぎを炒める、甘くて少し焦げたような香りだ。

読書する私の時間を、むぎはいつもこうして横取りする。でも、それが嫌だと思ったことは一度もない。むしろ、本よりも先にむぎのことを撫でてしまう自分がいる。愛おしい猫というのは、こういうものだと思う。計算なんてない。ただ、そこにいたくて、そこにいる。それだけのことが、どうしてこんなに胸に響くのだろう。

むぎはうとうとしながら、ときどき小さく鼻を鳴らす。その音が、静かな部屋に溶けていく。本はまだ半分も読めていない。でも、今日はもういい、という気持ちになっていた。しおりを挟んで本を閉じると、むぎがぴくりと耳を動かした。起こしてしまったかと思ったが、また目を閉じた。

邪魔をする猫がいる暮らしは、読書がなかなか進まない。それでも、やめられない。

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