読書する私を邪魔する猫が、愛おしくてたまらない理由

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八月の午後、窓から差し込む光が畳の上に細長い四角を描いていた。エアコンの設定温度を二十六度にしているのに、なぜか部屋全体がじんわりと温かい。そんな夏の昼下がり、私はずっと積んでいた文庫本をようやく手に取った。タイトルは『夜明けのアルタイル街』——架空の港町を舞台にした、少し古風な恋愛小説だ。

最初の数ページを読み進めたところで、気配を感じた。

足音もなく、するりと部屋に入ってきた茶トラのムギが、私の膝のあたりをじっと見ている。目が合う。逸らさない。あの、有名な「じっと見つめる」やつだ。私は一度だけゆっくりとまばたきをした。ムギも、ほんの少し目を細めた。——それで終わりかと思ったら、そうじゃなかった。

ふわり、と軽い重さが膝に乗ってきた。

本の上に、前足をどん、と置く。ページが半分隠れる。私が手でそっと退けようとすると、今度は頭をぐりぐりと本の角に押しつけてくる。紙のにおいが好きなのか、それとも私の手のにおいを確かめているのか。どちらにしても、読書する私への宣戦布告であることは間違いない。

猫はかまってほしい時、読んでいる本の上に無理やり乗って視界に入ろうとする
——そう書いてある記事を以前読んだことがある。なるほど確かに、ムギは今まさにそれをやっている。理屈ではわかっている。でも、頭でわかっていても、この柔らかい重さを「邪魔だ」と切り捨てることが、私にはどうしてもできない。

思えば子どもの頃、実家で飼っていた猫も同じだった。宿題をしようとノートを広げると必ず乗ってきて、鉛筆の先をちょいちょいと叩いた。当時の私は本気で怒っていたけれど、今となっては、あの柔らかい肉球の感触が懐かしくてたまらない。邪魔をする猫というのは、いつの時代も変わらないらしい。

ムギが体勢を変えた。横向きになって、本の上でそのまま丸くなろうとしている。

さすがにそれは困る——と思いながら、私はそっと本を持ち上げてムギの頭の上にかざした。ムギは特に気にする様子もなく、今度は私の太ももに顎を乗せて目を細めた。ちなみにこの体勢、私の腕がじわじわと疲れてくるので、実際のところ読書どころではない。でも、なぜかページをめくる手が止まらなかった。

飼い主がくつろいでいるとき、猫がスリスリしてくるのは「かまってほしい合図」
だという。ムギの場合は、スリスリというより「占領」に近い。しかしその占領の仕方が、どこか遠慮がちで、少しだけ不器用だ。ドンと乗ってくるくせに、私が顔をしかめると、ちらりとこちらを見て、また目を細める。怒られるとわかっていて、それでも来る。そういう愛おしい猫なのだ、ムギは。

窓の外で、夏の蝉がひとしきり鳴いてから静かになった。

エアコンの低い音。ムギの小さな寝息。紙とインクのにおい。それから、ムギの毛並みに鼻を近づけると、かすかに日向のにおいがした。どこかで昼寝をしていたのだろう。この子は毎日、私が知らないあいだに光の中で眠っている。

邪魔をする猫と、読書する私。どちらが本当に「邪魔」なのか、最近わからなくなってきた。ムギがいなければ、私はきっともっと速く本を読み終えていた。でも、それだけだ。この夏の午後の、光と重さと温もりは、存在しなかった。

愛おしい猫というのは、たぶん、あなたの時間を少しだけ奪いながら、それ以上のものを置いていく。文庫本の続きは、今夜読もうと思う。ムギが寝静まったあとで——いや、きっとまた来るのだけれど。

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