
朝、カーテンの隙間からまだ白っぽい光が差し込んでくる時間帯に、うちの猫・ムギは決まってわたしの足元に来て、小さな声でひと鳴きする。「起きてよ」でも「おはよう」でもない、あの独特の声。それに気づいてから、わたしの一日は始まる。
七月の末というのは、思っているより残酷な季節だ。窓を開ければ、すでに熱を帯びた空気がなだれ込んでくる。風があるようで、ない。近所の公園のセミが鳴き続けていて、それがまた暑さを底上げしているような気さえする。こういう日に、猫と暮らしていると、体調に気をつけることの意味が、ぐっと具体的になってくる。
猫は砂漠をルーツに持つ動物だから、人間よりも暑さに強いと思われがちだ。でも近年の高温多湿な日本の夏は、猫にとっても油断できない環境になっている。
ムギが廊下のフローリングに体を伸ばして溶けたように寝ているのを見ると、涼しい場所を探しているのだと分かる。それはかわいらしい光景ではあるのだけれど、同時に「今日の室温、大丈夫かな」と確認しに行かずにはいられない。
猫が快適に過ごせる温度は28℃前後、湿度50%が目安とされている。不快な温湿度が続くと夏バテになりやすく、熱中症は短時間でも起こりうる。
わたしが以前使っていたインテリア雑貨ブランド「ノルトベルク」の温湿度計を、猫がよくいる窓際の棚に置いてから、数字を見る癖がついた。ただ、最初の頃は温湿度計の存在をすっかり忘れていて、ムギがそれをうっかり棚から落としてしまい、わたしがあわてて拾いにいくという場面が何度かあった。落とすたびに「ごめん」という顔をするのに、翌日にはまた落としている。そういう子なのだ、ムギは。
動きに気をつける、というのも大切なことだと最近つくづく感じている。
猫は寒いと動きたがらなくなったり、丸くなって寝たり、飼い主から離れなくなったりする。
夏もそれに似た変化がある。いつもなら夕方になると走り回るムギが、ある日まったく動かずにいた。水も飲んでいない気がした。触れると体がいつもよりほんのり熱い。そういう「動きのちょっとした変化」に気づけるのは、毎日そばにいるからこそだと思う。
子どもの頃、実家で飼っていた猫が夏に急に元気をなくしたことがあった。母が「きっと暑いのよ」と言って、ぬれたタオルで体を拭いてやっていたのを覚えている。あの猫の名前はシロで、体を拭かれながら迷惑そうな顔をしていたくせに、拭き終わると母のひざに乗ってきた。猫というのは、そういう生き物だ。素直じゃないけれど、ちゃんと受け取っている。
食事に気をつけることも、暑い季節には特に意識が必要だ。
真夏のフードの出しっ放しは禁物で、食事の与え方を見直すことが健康管理のポイントになる。
気温が高いとウェットフードはすぐに傷む。ムギは食べ残しをしないタイプではあるけれど、それでも夏は少量ずつ、こまめに出すようにしている。水飲み場も複数箇所に置いた。猫は流れる水を好む子も多いので、循環式のウォーターファウンテンも試してみたが、ムギは最初の三日間、それを「謎の装置」として遠巻きに眺めるだけだった。
猫の健康管理は「気づき」の積み重ねが大切だ。
毎日のことだから、特別なことをしているわけではない。朝、ムギが来る。声を聞く。ごはんを食べる様子を見る。昼間の動きを確認する。夜、隣で丸くなる。その繰り返しの中に、小さな変化を見つけるための感覚が育まれていく気がする。
夜になると、部屋の温度がようやく少し下がってくる。エアコンをつけたまま眠ることに最初は罪悪感があったけれど、今はためらわない。ムギが隣でゆっくり呼吸しているのを感じながら、わたしも目を閉じる。この子が明日も元気でいてくれること。それだけを、静かに願いながら。
体調に気をつける、というのは、大げさな話ではなくて、こういう夜の積み重ねのことだと思っている。

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