雨の外を見つめる猫と、静かな午後を一緒に過ごした話

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梅雨が明けきらない七月の午後、外は雨だった。

ベランダのサッシに細かい水滴がつき、向かいのマンションの輪郭がぼんやりと滲んでいる。そんな景色の前に、うちの猫のムクが座っていた。動かない。尻尾だけが、ゆっくりと一往復する。外を見つめる猫の後ろ姿というのは、どうしてこうも絵になるのだろうと、私はソファから半身を起こして眺めていた。

子どもの頃、雨の日が好きではなかった。外で遊べないことへの不満というよりも、どこか世界が閉じてしまうような感覚が苦手だったのだと思う。小学三年生のとき、傘を学校に忘れてずぶ濡れで帰った日のことを、なぜか今でも覚えている。靴の中まで水が入って、歩くたびにぐちゅぐちゅと音がした。あの日の帰り道の、妙に静かだった住宅街の空気。

今はもう、雨の日が嫌いではない。

ムクが窓に近づいたのは、雨が強くなってきた頃だった。ガラス一枚を隔てて、彼女はただじっと外を見ている。雨粒が窓を叩く音——ぱたぱたではなく、もう少し低くて、ざらっとした音——が部屋の中に染み込んでくる。私も気がつけばソファを離れ、ムクの隣に腰を下ろしていた。一緒に見つめる私と猫。なんだかおかしな絵面だと思いながらも、それ以外にすることが思い浮かばなかった。

コーヒーを淹れようと台所に立ったのは、そのすぐあとのことだ。「ルーチェブレンド」という小さなロースターの豆で、苦味よりも少し甘みが残る浅煎り。粉を挽く音がキッチンに広がると、ムクがこちらを振り返った。一瞬だけ目が合って、それからまた窓の方へ顔を戻す。あなたはコーヒーより雨の方が気になるのね、と心の中でつぶやく。

マグカップを持って戻ると、ムクはもう少し窓に近づいていた。鼻先がガラスにくっつきそうなほどの距離で、外の何かを追っている。雨粒が流れる軌跡なのか、遠くの葉が揺れているのか。私には見えないものが、彼女には見えているのかもしれない。

コーヒーの湯気が顔にかかる。温度はちょうどよくて、香りがふわりと鼻を抜けた。外は雨で、部屋の中はすこし薄暗い。照明をつけるほどでもなく、かといって明るくもない、その曖昧な光の加減がこの午後には似合っていた。

ムクの毛並みに手を伸ばすと、背中から尻尾の付け根にかけてのやわらかさが指に伝わってくる。彼女は逃げない。ただ、外を見つめたまま、低くごろごろと鳴いた。満足しているのか、それとも雨に何かを語りかけているのか。猫の感情というのは、いつも少しだけ謎めいている。

雨はしばらく止みそうになかった。

私はコーヒーを一口飲んで、ムクの隣にもたれた。外を見つめる猫と、外を見つめる私。どちらも特に何かをしているわけではなくて、ただそこにいた。こういう時間のことを、以前はもったいないと思っていた。何かをしなければという焦りが、静かな時間を居心地悪くさせていた。

でも今日は違う。

雨の音が続いている。窓の向こうで、街路樹の葉が重たそうに揺れている。ムクがひとつ大きなあくびをして——口の中がピンク色で、小さな歯が並んでいた——また外に視線を戻した。私もつられてあくびをしそうになって、かろうじて堪えた。こういうのが伝染するのは、猫も人間も変わらないらしい。

雨の日の午後というのは、時間の流れ方が少し違う。

急ぐことが何もなくて、静かで、誰かと一緒にいるのに言葉がいらない。そんな時間を、猫はずっと知っていたのかもしれない。外は雨で、一緒に見つめる私がいて、ムクがいる。それだけで、この午後はじゅうぶんだった。

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