
秋の夕暮れどき、窓の外がオレンジ色に染まりはじめた午後5時ごろのことだった。私はソファに深く沈み込んで、ずっと積んでいた文庫本をようやく開いていた。タイトルは『夜の終わりに光る』、架空の港町を舞台にした静かな恋愛小説だ。ページをめくるたびに、インクと紙の混じったほのかな香りが鼻をかすめる。窓から差し込む斜めの光が文字の上を滑って、読書には少し眩しいくらいの角度で部屋を照らしていた。
そのとき、ふいに重みを感じた。
気づけば、膝の上に麦茶色の塊が乗っていた。うちの猫、ムギだ。生後3年目の雑種で、体重は4.2キロ。決して軽くない。しかも、ただ乗るだけでは満足しないのがこの子の流儀で、本と私の顔の間に前脚をするりと差し込んできた。ページが少し折れた。あ、と思ったときにはもう遅い。
ムギは邪魔をする猫だ。これは断言できる。読書する私の視界に、必ずといっていいほど割り込んでくる。
子どもの頃、実家にも猫がいた。名前はクロ、ベタな名前だけど愛着があった。あのころは猫が本の上に乗ってくるたびに「もう!」と追い払っていたのに、今は追い払う気になれない。年齢のせいか、それとも一人暮らしの時間が長くなったせいか。静かな部屋に生き物の重みがあるというのは、思いのほか、大切なことなのだと最近しみじみ感じている。
ムギはしばらく私の顔をじっと見つめたあと、ゆっくりと目を細めた。猫の目が細くなるのは、リラックスしているサインだと聞いたことがある。でも今のこれは、「早くかまえ」という無言の圧力にも見えた。どちらかは分からない。たぶん両方だ。
読書する私は、しぶしぶ本を閉じた。
片手でムギの背中を撫でると、低くてなめらかなゴロゴロという振動が掌に伝わってきた。温かくて、少しだけ湿った毛並み。窓の外では夕風に揺れる金木犀の香りがうっすらと漂いはじめていて、部屋の空気が秋の匂いに変わっていくのを感じた。本を読んでいたはずなのに、気づけば私は目を閉じかけていた。
ムギに邪魔をされると、いつもこうなる。
調べてみると、猫がこうして邪魔をするのは「かまってほしい」という気持ちの表れで、飼い主が読書をしていても猫にはただボーっとしているようにしか見えないらしい。なるほど確かに、猫の目線に立てば、紙の束を眺めてじっとしている人間など、暇そうそのものだ。邪魔をしてくるのは、それだけ私のことが好きだということでもある。
愛おしい猫だと思う。本当に。
ただ、先日は少しだけ笑ってしまった。ムギが本の上に乗ってきた拍子に、栞が床に落ちた。それを自分で踏んで、何事もなかったかのようにまた本の上に戻ってきたのだ。どこまでも堂々としていて、むしろ清々しかった。(ちなみに私は100ページ読んだつもりが、栞を失って何ページまで読んだか分からなくなった。)
夜になって、ムギはソファの端で丸くなって眠りはじめた。寝息のリズムが静かで、部屋がしんとしている。私は改めて本を開いた。今度こそ読み進めようと思って、でもムギの寝顔をちらりと見てしまって、また少しだけ手が止まった。
邪魔をする猫がいる暮らしは、読書がなかなか進まない。でも、そのゆっくりさが今の私にはちょうどいいのかもしれない。愛おしい猫と過ごすこの時間は、どんな物語よりも少しだけ、温かい気がする。

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