本を読む私を邪魔する猫が、愛おしくてたまらない理由

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七月の夕暮れどき、窓から差し込む光がオレンジ色に変わりかけた頃、私はソファに深く沈み込んで本を開いていた。エアコンの風がカーテンをゆるやかに揺らし、ページをめくるたびにかすかな紙の匂いが鼻をかすめる。インテリアショップ「フォリオブルー」で見つけたリネンのクッションに背中を預けて、ようやく読書する私だけの時間が始まった——そのはずだった。

気配を感じたのは、三ページ目に差し掛かったときだ。

小さな足音。いや、音というより、空気の動きに近い。気づいたときにはもう、灰色の毛並みをした三キロほどの塊が、静かに膝の上に着地していた。うちの猫、ハルである。生後二年半になる雄で、名前の由来は特になく、拾ってきた春の日にそのままつけてしまったというだけの話だ。

ハルは本の上に前足をそっと置いて、こちらをじっと見上げる。瞳孔がわずかに開いて、琥珀色の目がきらりと光る。「ここにいるよ」とでも言うように、尻尾の先だけがゆっくりと揺れていた。邪魔をする猫というのは、世界中どこにでもいるらしいが、この子の場合は妙に上品な邪魔の仕方をする。ページを破るわけでも、大声で鳴くわけでもない。ただ、そこにいる。それだけで読書の続きが進まなくなってしまうのだから、たいしたものだと思う。

子どもの頃、実家にも猫がいた。茶トラで名前はコムギ、ひどく気まぐれな猫で、私が宿題をしていると必ずノートの上に寝転がった。消しゴムをかじられたこともある。当時は本気で困っていたのに、今となってはそれさえも懐かしい。あの感触——毛の柔らかさと、じんわりとした体温——が、ハルを抱えるたびによみがえってくる。

ハルはやがて鼻先を私の手にすりつけてきた。ページをめくろうとした指に、ぬくもりのある鼻が触れる。ひんやりしているようで、実はほんのり温かい。ああ、これだ、と思う。この感触を求めて、私はたぶん猫を飼い続けている。

読書する私としては、物語の続きが気になる。主人公がちょうど大切な選択をしようとしているところで、こんなふうに邪魔をされると、正直、話の流れが途切れる。それでも本を閉じてしまうのは、ハルの重さが膝に心地よく乗っているからだ。愛おしい猫というのは、こういうものなのかもしれない。理屈ではなく、体で感じさせてくれる存在。

一度だけ、本を持ったまま立ち上がろうとしたことがある。ハルはそのとき、ふわりと床に降りたかと思うと、すぐさま私の足元に座り直して、また上目遣いで見てきた。完全に「まだ終わってないよ」という顔だった。心の中で「わかった、わかった」とつぶやきながら、私はもう一度ソファに腰を下ろした。——正直、内心では「完敗だ」と思っていた。

夏の夕方の光はあっという間に薄れていく。ページを読み進めるよりも早く、外が紫がかってきた。ハルはいつの間にかうとうとしていて、ときおり小さく息を吐く。その音が、静かな部屋にやわらかく溶けていく。

邪魔をする猫がいると、読書のペースは確かに乱れる。でも同時に、時間の流れ方が変わる気がする。物語の世界に引き込まれるのとは違う、もっと手触りのある現実の時間。ページの上に置かれた小さな前足と、じんわりと伝わる体温と、琥珀色の目。それらが重なるとき、愛おしい猫という言葉の意味が、ようやく腑に落ちる。

読書する私は今日も、ハルに邪魔をされながら本を読む。それが、この家の夕暮れの景色だ。

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