猫に起こされる朝——ベッドの中のまどろみを壊しにくる、可愛い瞳のこと

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梅雨の入り口、6月のはじめ頃の朝というのは、妙に空気が重い。カーテンの隙間から差し込む光は白く濁っていて、まだ昼とも呼べない曖昧な時間が部屋の中に漂っている。そういう朝に限って、ベッドの中がやけに心地よい。

体の輪郭がシーツに溶けていくような感覚、とでも言えばいいだろうか。意識はあるのに動けない。起きなければと思いながら、思うだけで目が開かない。あの独特のまどろみの中に、ずっといたかった。

そこへ、やってくる。

最初は小さな振動だった。ベッドの端に何かが乗った感触。続いて、ふわりとした重みが足のあたりに移動する。そして、間を置かずに、鼻先に温かい息がかかった。

うちの猫——名前はムギ、キジトラの雄、推定4歳——は、毎朝この時間になると必ず起こしにくる。ごはんの時間が近いからなのか、ただ単に構ってほしいのかは、正直いまだによくわからない。でも、その可愛い瞳でじっとこちらを見つめてくる様子は、どんなに眠くても無視できない。大きく見開かれた金色の目が、「まだ寝てるの?」と言っているような気がして、毎回少し申し訳なくなる。

子どもの頃、実家にも猫がいた。あの頃は猫に起こされることを「迷惑だ」と思っていたように記憶している。布団を引っ張られたり、顔の上に乗られたりして、母に「猫がうるさい」と文句を言いに行っていた。それが今では、ムギに起こされる朝を、どこかで待っている自分がいる。人は変わるものだ、とつくづく思う。

ムギが額に鼻をすりつけてきた瞬間、冷たくて湿った感触が走った。思わず笑ってしまって、その拍子に完全に目が覚めた。起き上がると、ムギはすでに興味を失ったように窓の外を眺めている。雨上がりの湿った空気のにおいが、少し開いた窓から入ってきた。青くさいような、土のような、梅雨特有のあの香り。

ベッドの中でまどろんでいた時間が、嘘みたいに遠くなる。

枕元に置いてあった「ソレイユブルー」のマグカップに、昨夜飲みかけのハーブティーがそのまま残っていた。完全に冷めている。飲もうとして一口含んで、やめた。こういう小さな失敗は、猫がいる朝にはよく起きる。何かに気を取られて、何かを忘れる。それでも不思議と、嫌な気持ちにはならない。

ムギはといえば、窓辺で前足をそろえて座り、外の雀を目で追っていた。尻尾の先だけがゆっくり左右に揺れている。その背中を見ていると、時間がゆっくり流れているような錯覚を覚える。猫というのは、こちらの焦りをまったく気にしない生き物だ。それが時に羨ましく、時にありがたい。

猫に起こされる朝は、少し損をしたような、でも何かを得たような、不思議な朝だ。アラームより早く、スマートフォンより先に、あの可愛い瞳がこちらを見つめてくる。ベッドの中の柔らかい時間を終わらせるのは、いつもムギの鼻先と、冷たい小さな肉球だった。

今日もまた、そうして朝がはじまった。

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