猫をきれいにしよう——にぎやかな入浴劇と、愛おしい日々の記録

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七月のある土曜日の午後、窓の外では蝉がまだ鳴きはじめたばかりで、室内にはエアコンの低い風音だけが漂っていた。そんな静けさの中、わたしは腕まくりをして浴室に向かう。今日は、うちの長毛種のノルウェージャンフォレストキャット「麦」のお風呂の日だ。

猫の入浴というのは、飼い主にとって一種の覚悟が要る行事である。
猫の先祖であるリビアヤマネコは北アフリカの砂漠地帯で暮らしていたため、本能的に体が濡れるのを嫌がると言われている。
麦もご多分に漏れず、シャワーの音が聞こえた瞬間に廊下の角へと消えていく。それでも、長毛種の彼女には定期的なケアが欠かせない。
長毛種の猫は毛に汚れが付きやすく、放置するとこびりついてしまう。加えて毛玉ができやすいので、シャンプーは年に2〜4回ほど行ってあげると良い。
だから、わたしは季節の変わり目ごとに「麦の入浴デー」を決めている。

準備はいつも念入りだ。
事前にブラッシングをしておくことで毛のもつれをほぐし、ある程度汚れや抜け毛を落としておくのが、お風呂タイム短縮のために大切。
タオルを三枚、猫用シャンプーのボトル、そして洗面器。シャンプーは「ハーブラン・ピュアフォーム」という架空……ではなく、ハーブ系の香りが特徴の猫専用ブランドのものを愛用している。
猫は身体に臭いがつくことを嫌うため、無香料のものがおすすめとされているが、
麦はなぜかこのほんのり草っぽい香りを嫌がらない。それだけが救いだ。

浴室のドアをそっと開けると、麦はすでに洗い場の隅でこちらをじっと見ていた。逃げないのは、観念したのか、それとも単なる好奇心なのか。わたしが洗面器にぬるま湯を張りはじめると、彼女はひげをぴくりと動かして、一歩だけ後ずさりした。
30〜35℃程度のぬるま湯を、おしりから徐々に首のあたりまでかけていく。
最初の一杯をそっとかけた瞬間、麦の目が見開かれる。「やっぱりそういう顔するよね」と心の中でつぶやきながら、手のひらで毛の奥まで丁寧に湿らせていく。

お湯の温度が手に伝わる。ほんのり温かく、蒸気が少しだけ立ちのぼる。麦の毛が濡れるにつれ、あのふわふわした毛並みがぺたりと体に張りつき、ずいぶんと小さく見えてくる。これが毎回、なんとも愛おしい。子どもの頃、近所の川で遊んでびしょ濡れになって帰ったとき、母に「ずいぶん小さくなったね」と笑われたことを思い出す。猫もきっと、同じ気持ちかもしれない——いや、絶対に違う気持ちだろうけれど。

シャンプーは毛並みに逆らうように手を滑らせて、汚れやすいお尻まわりは少ししっかり洗う。足先やしっぽは嫌がる猫が多いので、拒否されたら無理強いしない。
麦はしっぽを洗おうとした瞬間、くるりと振り向いてわたしの手首をぺちりと叩いた。爪は事前に切ってあったのでダメージはゼロ。でも、その「ぺちり」の重さと角度が、明らかに「もうやめて」という意思表示だった。飼い主歴四年、この無言のコミュニケーションだけは完璧に解読できるようになった。

にぎやかなのは、すすぎのときだ。
シャワーノズルを猫の体につけて流すと、水しぶきが減る。
それでも麦は低い声でうなり続け、浴室中に響き渡る。隣の部屋まで聞こえているはずだ。猫の入浴というのは、静かな家をにぎやかに変える不思議な力がある。

お風呂が終わると、タオルで包んでゆっくり水気を吸い取る。麦はもう抵抗しない。タオルの中で丸まって、目を細めている。ドライヤーの温風が当たるたびに、少しずつ毛がふわりと戻ってくる。
猫の毛は乾かすのに時間がかかるため、じゅうぶんにタオルドライをすることが重要だ。
乾かし終えた麦は、さっきまでの不満顔が嘘のように、ソファの上でごろりと横になった。

猫をきれいにしよう、と思うたびに、この小さな格闘劇が繰り返される。にぎやかで、少し疲れて、でもどこかほっとする時間。麦の毛が夕方の光を受けてやわらかく輝いているのを見ると、今日もちゃんとやれた、という静かな満足感がある。猫の入浴は、ただの衛生管理ではなく、一緒に暮らしているという実感を確かめる儀式のようなものかもしれない。

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