猫を洗いまくる日々——にぎやかな入浴タイムと、きれいにしようとするこちらの本気

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五月の終わり、夕方六時をすぎたころの浴室は、もわっとした湯気と、ラベンダーとも言いきれない微妙な香りに包まれている。猫用シャンプー「フォレストポー」のボトルを開けると、ほんのり草の匂いがたちのぼる。さあ、今日も始まる。猫の入浴タイム。

猫は起きている時間の三割ほどを使って毛づくろいをする動物で、舌のザラザラした突起で被毛の汚れを取り除き、体臭もあまりない。
それはわかっている。頭では。でもうちには三匹いる。長毛のノルウェージャン、やんちゃ盛りのキジトラ、そしてなぜか砂が大好きな白猫。この三者が揃うと、浴室はにぎやかという言葉では追いつかないほどの騒動になる。

最初に連れてくるのはキジトラの「むぎ」だ。名前を呼ぶと、ソファの隙間に消えていく。毎回そうだ。捕まえて抱きかかえると、細い四肢に力がみなぎり、爪が肩にぐっとくいこんでくる。浴室のドアを閉めた瞬間、むぎの目が「なんでこんなことになってるの」と語りかけてくる。こちらとしては、きれいにしようとしているだけなのだが、伝わらない。

お湯の温度は三十五度くらいのぬるま湯に設定し、シャワーヘッドを体にくっつけて濡らしていく。猫の耳には水が入らないよう注意が必要だ。
シャワーを当てるたびに、むぎは低くうなる。怒っているのか不安なのか、その声はくぐもっていて、なんとも言えず胸に刺さる。それでも泡立てたシャンプーを背中から腹へと広げていくと、ふいに抵抗がゆるむ瞬間がある。マッサージが気持ちいいのかもしれない。少しだけ、目が細くなる。

子どものころ、祖母の家にいた雑種猫を風呂に入れようとして、全力で引っかかれた記憶がある。腕に三本の赤い線が残り、祖母に「猫は自分で洗えるんだから、ほっとけ」と笑われた。あのころはそれで納得していたのに、今は三匹分の入浴を毎月こなしている。人間というのは学習しない生き物なのかもしれない。

長毛種の猫は毛が絡まりやすく、自分の毛づくろいだけでは行き届かないことがある。毛玉ができやすいため、シャンプーは年に二〜四回ほど行うと良いとされている。
ノルウェージャンの「しろたえ」はまさにそのタイプで、放っておくとお腹の毛がフェルト状に固まってしまう。だから月に一度、こうして洗う。しろたえは比較的おとなしい。濡れた状態でじっとこちらを見つめ、ときおり小さく「ふぅ」と息を吐く。その仕草がなぜか、年配の紳士が銭湯で肩をほぐしているように見えて、思わず笑ってしまう。

問題は白猫の「ゆき」だ。ゆきは浴室に入った瞬間から鳴きつづける。にぎやかというより、もはや演奏に近い。シャワーの音、ゆきの声、タイルに爪が当たる音、こちらの「よしよし」という声。全部が重なって、浴室はちょっとしたライブ会場になる。

シャンプーは猫専用のものを使い、猫は身体に臭いがつくことを嫌うため無香料のものがおすすめとされている。
それを知ってから、フォレストポーの無香料タイプに切り替えた。ゆきの鳴き声は変わらなかったけれど。

三匹を洗い終えると、浴室の床には抜け毛が散乱し、こちらは全身びしょ濡れになっている。タオルで一匹ずつ包んでいくと、それぞれが違う反応を見せる。むぎはタオルの中でもがき、しろたえはされるがまま丸くなり、ゆきはタオルを噛む。

ドライヤーは猫から離し、弱めの風量にして使う。離れたところでスイッチを入れ、猫の体から離して乾かすのがおすすめだ。
ドライヤーの音が苦手なむぎは、乾かしている最中もそわそわと動きまわる。しかしある瞬間、温風が気持ちよかったのか、ふいに目をとろんとさせてうとうとしはじめた。その小さな寝落ちを見て、なんだか全部が報われた気がした。

入浴が終わった三匹は、それぞれのペースで毛づくろいをはじめる。さっきまであれほど騒いでいたのに、今は静かだ。窓の外、五月の夕暮れがオレンジから紫に変わっていく。浴室の湿気が少しずつ消えていき、代わりに猫たちの温かい体温が部屋に広がっていく。

猫の入浴は、大変だ。毎回そう思う。でもこのにぎやかな時間が、どこか愛おしい。きれいにしようとする側と、きれいにされることを断固拒否しようとする側の、静かな攻防。それが今日も、夕方の浴室で繰り広げられた。

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