
四月の午後、窓から差し込む光がフローリングの上に細長い四角形を描いていた。その中に、うちの猫のムギが丸くなって眠っている。白と茶のまだら模様が、光の加減でほんのり金色に見える。こういう瞬間が好きで、猫と暮らすことを選んだのだと、ぼんやり思い出す。
猫と一緒にいると、時間の流れ方が変わる気がする。でも、春という季節はそのやわらかな空気の裏側で、じつは猫にとって体調を崩しやすいタイミングでもある。
猫は繊細な生き物で、環境の変化に敏感でストレスを感じやすい。
冬から春へ、気温が揺れ動くこの時期、
寒暖差や気圧変動が大きくなると、自律神経が乱れて体力の消耗や免疫力の低下、胃腸の不調などが起こりやすくなる。
人間が「なんとなくだるい」と感じるのと、きっと似たような感覚なのだろう。
体調に気をつけるという言葉は、猫に対して使うとき少し意味が変わってくる。
猫は言葉で不調を伝えることができず、体調の変化や揺らぎは、行動やしぐさとしてしか表れない。
だから飼い主がその小さなサインを読み取るしかない。ムギが昨日より少し動きに気をつけるべき様子を見せていた。いつもはソファの背もたれを颯爽と駆け上がるのに、昨日は途中で止まってしまった。一瞬だけ。でもあの動きのズレが、なんとなく頭に引っかかっていた。
普段から食事の量や回数、排泄の様子、行動パターンを把握しておくと、異変に気づきやすくなる。
急に食欲が落ちたり、水を飲む量が変わったりすることも、体からのサインかもしれない。食事に気をつけることは、猫の健康を守る上で毎日できる、地味だけれど確実な行為だ。
思えば、子どもの頃に実家で飼っていた猫も、春になると決まって食欲が落ちた。母が「この子はデリケートだから」とよく言っていたのを覚えている。当時はただそう受け取っていたけれど、今になってみると、あれは季節の変わり目に体が追いついていなかったのかもしれない。
日常の生活環境をできるだけ安定させ、安心できる居場所や一定の生活リズムを保つことは、ストレスをためにくくする基本だ。また、消化や体調に配慮された安定した食事も、体のバランスを支える大切な要素になる。
ムギのために、最近は「ネコリアン」というブランドの低刺激フードに切り替えた。においが穏やかで、ムギも最初こそ皿の前でくんくんと鼻を鳴らしていたが、三日目には完食するようになった。
動きに気をつけるというのも、実は大切な観察ポイントだ。
足を引きずる、ジャンプをしない、よろよろと歩くなどの様子は、体調変化のサインになりうる。
毎日の何気ない動作の中に、猫の健康状態が滲み出ている。ムギがキッチンへ水を飲みに行く歩き方、ベッドに飛び乗るときの助走の長さ、そういうことを気にかけるようになったのは、一緒に暮らして三年が経ったころだった。
夕方になると、ムギは台所のそばにやってきてご飯をせがむ。陶器の皿がかすかに鳴る音、冷蔵庫を開ける低い音、そういった音の連なりを、あの子はちゃんと覚えている。鼻先をちょこんと皿に近づけて、においを確かめてから食べ始める。その仕草が毎回おなじで、それがなんとも愛おしい。
先日、ブラッシングをしようとしたら、ムギが途中でうとうとしてしまった。ブラシを持つ手が止まって、そのまましばらく眠る顔を眺めていた。体温が手のひらに伝わってきて、温かくて、少しだけ重くて。ああ、この重さが「元気」の証拠なのだと思った。(ちなみに、そのまま自分もうとうとしかけて、気づいたらブラシを床に落としていた。猫に起こされるという逆転現象が起きたのは、ここだけの話である。)
猫は体調不良を隠しやすい動物のため、小さな変化を見逃さないようにすることが大切だ。少しでも異常を感じたら、迷わず動物病院で診察を受けることが、愛猫の健康を守ることにつながる。
春の光の中で眠るムギを見ていると、「体調に気をつける」という言葉の意味が、少しずつ自分の中で形を変えてきたような気がする。それは管理でも監視でもなく、ただ、そばにいてよく見ていること。毎日の小さな積み重ねが、猫との時間をずっと続けていくための、静かな約束なのかもしれない。

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