
九月の夕方、窓から差し込む光がオレンジ色に傾きはじめた頃、私はようやく積読の山から一冊を引き抜いた。ソファに深く沈み込み、ハーブティーの湯気がゆっくりと立ち上るのを横目で見ながら、最初の一ページを開く。紙の、かすかに甘い匂い。新しい本独特の、あの感触。
静かだった。
でも、それは長くは続かなかった。
ふいに、重みが来た。膝の上に、じわりと。
うちの猫、ソラが、まるで何事もなかったかのように本の上へ前足を乗せてきたのだ。開いたページのちょうど真ん中あたり、私が読んでいた一文をきれいに隠すように。偶然にしては、あまりにも的確すぎる場所だった。
猫からすると、読書の意味が分からず、飼い主さんがただぼうっとしているように思えるのだろう。
そう頭ではわかっていても、「ソラ、ちょっと待って、いいところなんだけど」と声に出してしまう自分がいる。もちろん、ソラには届かない。むしろ、声をかけたことで「あ、反応した」とでも思ったのか、今度は顎を私の手の甲に乗せてきた。
邪魔をする猫、というのはよく聞く話だ。
猫が飼い主の邪魔をするのは、「かまって!」「遊んで!」のサインといえる。
でも実際にその温もりを手の甲に感じると、もう「邪魔」という言葉が浮かばなくなってしまう。ただ、重くて、温かくて、柔らかい。
読書する私のことを、ソラはおそらく「謎の静止物」だと思っているに違いない。
子どもの頃、実家にも猫がいた。名前はクロで、文庫本を開くたびにページの上に丸まって寝ていた。母が「その子は本が好きなのよ」と笑っていたのを、今でも思い出す。当時の私には意味がわからなかったけれど、今ならわかる気がする。好きなのは本じゃなくて、そこにいる人間の方だったのだと。
ソラが前足をぱたりと折り畳み、目を細めた。
その顔を見ていると、読書どころではなくなってくる。私はそっと本を閉じて、ソラの背中に手を置いた。指先から伝わる、細かな毛の感触と、規則正しい呼吸の振動。窓の外では、どこかの家から夕食の匂いが漂ってきていた。醤油と、出汁の、懐かしいにおい。
インテリア雑貨ブランド「ノルトリーフ」のウールブランケットをソラと一緒にかぶって、そのまましばらく動かなかった。本は、膝の隣に置かれたまま。
猫が膝の上に向かい合わせになって乗ってくるときは、コミュニケーションを求めていることが多い
という。そういえばソラは、今日の午前中もひとりで窓辺にいた時間が長かった。それを思うと、この邪魔は邪魔ではなく、むしろ私への小さな訴えだったのかもしれない。
愛おしい猫、という言葉は、こういう瞬間のためにあるのだと思う。
読書する私を中断させて、今この瞬間に引き戻してくれる存在。ページの続きが気になる気持ちと、この温もりを手放したくない気持ちが、静かにせめぎ合っている。どちらが勝つかは、毎回ソラが決める。今日も、ソラが勝った。
本の続きは、きっと明日読める。でも、この夕暮れの光の中でソラと過ごすこの時間は、今日の今この瞬間にしかない。邪魔をする猫のおかげで、私はそのことを、また一つ思い出した。

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