本を読む私の膝の上に、愛おしい猫がいる

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梅雨の走りのような、じっとりと湿った六月の夕方だった。窓の外では雨粒が断続的にガラスを叩き、室内には少しだけ青みがかった薄暗さが漂っていた。わたしはソファの端に腰を落ち着け、ずっと積読にしていた一冊をようやく開いたところだった。

その本のタイトルは、もう忘れかけている。確か、北欧の作家が書いた静かな恋愛小説だったと思う。ページをめくるたびに、かすかに古紙とインクの混ざった香りが鼻をかすめた。子どもの頃、図書館の奥の棚に顔を突っ込んで深呼吸していたあの感覚に、少し似ていた。あのころのわたしは、本の匂いを嗅ぐことが一種の儀式だと信じていた。

読書する私が三行ほど物語に沈みかけたとき、それは来た。

ソファの肘掛けからするりと降りてきた、三毛猫のさくら。生後四年、体重は四・二キロ。インテリアブランド「ヴェルタ・ノルド」の猫用クッションをこよなく愛しているくせに、なぜかそこには座らず、いつもわたしの膝上を選ぶ。今日もそうだった。まるで「ここが一番やわらかい」と宣言するように、ぐるりと一周して、どすん、と腰を落とした。本の下半分が完全に隠れた。

邪魔をする猫、というのはどこの家にもいるらしい。SNSでも、ブログでも、「読書の邪魔をされた」という投稿には決まって温かいコメントが溢れる。みんな、困りながらも笑っている。それはきっと、その邪魔が本物の邪魔ではないからだ。

さくらはわたしの視線を奪いながら、前脚をゆっくりと折り畳み、いわゆる「香箱座り」の姿勢に移行した。目を細め、ごろごろという低い振動を腹の奥から響かせている。その振動が膝を通じて伝わってきて、なんとなく眠くなるのがいつものことだ。わたしは本を持ち上げ、さくらの頭の上に掲げるようにして、なんとか続きを読もうとした。腕が痛い。五分で限界が来た。

そっと本を閉じて、さくらの背中に手を置く。温かい。雨の音と、ごろごろという音だけが部屋に満ちた。

思えば、愛おしい猫というのは、こちらの都合をまったく考えない生き物だ。読みたいときに来て、撫でてほしいときだけ要求して、満足したら去っていく。それなのに腹が立たない。むしろ、邪魔されるたびに少しほっとしている自分がいる。物語の世界に没入しすぎて、現実を忘れかけていたところを、ちゃんと引き戻してくれているような気がするのだ。

ただ一度だけ、笑ってしまったことがある。さくらが本の上に乗ってきた拍子に、しおり代わりに挟んでいたレシートがひらりと床に落ちた。何ページまで読んだか、完全にわからなくなった。さくらはそのレシートをちょんと前脚で叩いて、満足そうに目を閉じた。あなたが犯人ですよ、と心の中でそっとツッコんだ。

雨はまだ続いている。窓ガラスに水の筋が幾本も走り、外の緑がにじんで見えた。さくらの体温が膝に染みてくる。読書する私は今日も本を読み終えられないまま、でも不思議と満たされた気持ちで夜を迎えようとしていた。

邪魔をする猫がいる暮らしは、静かで、少しだけ不自由で、それでいてどうしようもなく愛おしい。

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