猫と暮らす日々に、体調に気をつけるということ。

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夏の終わりが近づく八月の夕暮れどき、西日が薄くオレンジ色に差し込んでくる時間帯に、うちの猫・むぎはいつも決まって窓枠の隅にうずくまる。そのシルエットを見るたびに、ああ、今日も一日が終わるな、と思う。猫と暮らすというのは、そういう「いつも通り」を積み重ねていく営みだ。

でも、ある日ふと気づいてしまう。「なんか、いつもと違う」という感覚に。

猫はもともと、獲物に狙われないよう体調の悪さを隠す習性があるため、飼い主が日頃から注意深く観察していなければ、病気のサインを見逃してしまうことが少なくない。
だから体調に気をつけるということは、こちらが意識的に「見る」姿勢を持ち続けることに他ならない。

むぎを迎えたのは三年前の秋のことだった。当時、わたしは猫の健康管理についてほとんど何も知らなくて、動物病院の先生に「食欲と動きと排泄、この三つを毎日見てください」と言われたとき、正直そんなことでいいのかと思った。でも今なら分かる。その三つが、すべての入り口だということが。

まず、食事に気をつけることから始まった。
猫にとって食事は単なる栄養補給ではなく、生活のリズムを整える大切な時間であり、毎日決まった時間の食事で猫は安心し、ストレスが軽減される。
それを知ってから、わたしは朝七時と夜七時、きっかりにごはんを出すようにした。むぎは時計を持っていないはずなのに、六時五十五分になると台所の前で待ち始める。その几帳面さに、毎朝ちょっとだけ笑ってしまう。

ある朝、いつもなら駆け寄ってくるはずのむぎが、フードボウルの前でぼんやりと座ったまま動かなかった。においを嗅いで、また離れる。そのしぐさを見た瞬間、胸の奥がざわりとした。食欲の変化は、体調の変化の最初のサインであることが多い。
食事量の把握や食欲の変化に気づきやすくするためには、定時給餌法が勧められている。
毎日同じ時間に同じ量を与えているからこそ、「今日は食べ残した」という事実がくっきりと見える。もし気まぐれに与えていたら、きっと気づかなかった。

次に、動きに気をつけることを覚えた。

むぎは普段、朝と夕方に活発に動き回る。キャットタワーに飛び乗り、廊下を走り、ソファの背もたれを渡り歩く。その軽やかな音が、わが家の日常の音だ。ところがある夏の午後、いつもなら飛び上がるはずのタワーの前でためらうように立ち止まっていた。何度か前足を上げては、降ろす。その小さなためらいの動作が、ひどく気になった。
ちょっとした症状や様子の変化が重大な病気の兆候であることは少なくないため、迷ったらまず獣医師に相談することが大切だ。

そのとき、わたしはすぐに「ネコリハ動物クリニック」に電話した。架空の名前ではなく、うちの近くに実在する小さな動物病院で、先生がいつも丁寧に話を聞いてくれる。「動きに気をつけるというのは、ジャンプの高さや着地の仕方も含めてですよ」と先生は言った。それ以来、むぎが跳ぶたびに、その軌跡をさりげなく目で追うようになった。

愛猫との日頃からのスキンシップは信頼関係を深めるために有効であり、健康管理のためにも週に一度は体のすみずみまでていねいに触れて、ボディチェックを行うことが大切だ。
撫でながら確認する、というその時間が、わたしにとっても不思議と落ち着く時間になっている。むぎの背中の温もり、やわらかな毛の感触、ゴロゴロという低い振動が手のひらに伝わってくる感覚。それはいつも、子どもの頃に祖母の家で飼っていた猫を思い出させる。あのころも、猫はいつも縁側の陽だまりで丸くなっていた。

室内で暮らす猫であっても、年に一回は健康診断を受けることが推奨されており、血液検査や尿検査によって腎臓病や糖尿病、肝疾患などの早期発見につながる。
体調に気をつけるということは、日々の観察だけでなく、定期的にプロの目を借りることでもある。

猫と暮らす日々は、静かで、でも油断のできない時間だ。むぎが窓の外を眺めながら耳をぴくりと動かすたびに、わたしはその横顔を見る。今日も食べた。今日も走った。今日も、いつも通りだった。それだけで、十分すぎるほどの安心がある。体調に気をつけるというのは、結局のところ、相手をちゃんと「見ている」ということなのだと思う。愛情の、もっとも地味で、もっとも誠実な形として。

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