
休日の昼下がり、ようやく買ったばかりの文庫本を開いた瞬間だった。
ページをめくって三行目あたりで、視界の端に茶トラの影が動く。ああ、来るな。そう思った時にはもう遅くて、私の膝の上に十分に成長した4キロの温かい物体が着地していた。本を持つ腕が微妙に下がる。読めなくはない、けど。
うちの猫は私が本を読み始めると必ず寄ってくる習性がある。スマホをいじってる時は完全に無視するくせに、紙の本を開いた途端に「今すぐ構え」モードに入るらしい。最初は偶然かと思ってたんだけど、もう三年も一緒に暮らしてるとパターンが見えてくる。本を開く→猫が来る→本が読めない、という黄金の三段論法。
で、膝に乗るだけならまだいい方で。
しばらくすると前足で本の端を押さえてくる。ページがめくれない。目線をずらすと、緑色の瞳がこっちをじっと見てる。何か用ですか、と聞きたくなるような、でもたぶん何も考えてないような、あの独特の表情。私が本に視線を戻すと、今度は鼻先で本の角をぐいぐい押してくる。明らかに故意犯だ。
「ちょっと待って、今いいとこなんだけど」と言っても通じるはずもなく、次の瞬間には本の真ん中にどーんと前足を置かれる。肉球が活字の上に。もう笑うしかない。
前に友達が「猫って飼い主が何かに集中してると嫉妬するらしいよ」って教えてくれたことがある。本当かどうか知らないけど、うちの猫を見てると妙に納得してしまう。新聞を広げても、雑誌をめくっても、とにかく紙媒体に反応する。電子書籍リーダーには興味を示さないあたり、やっぱり紙の質感とかカサカサする音に反応してるのかもしれない。
そういえば去年の夏、どうしても読みたい本があって猫を別の部屋に閉じ込めたことがある。
三十分くらい静かに読書できて、これは快適だと思ってたら、ドアの向こうから聞こえてくる「ニャーニャー」という鳴き声。最初は無視してた。集中したかったから。でも鳴き声がだんだん切実になってきて、最終的には「ギャオーン」みたいな叫びになった。根負けしてドアを開けたら、すごい勢いで飛び込んできて、また本の上に乗った。あの時の敗北感といったら。
結局、猫と暮らすってこういうことなんだと思う。
自分の時間を完全にコントロールできると思ったら大間違いで、常に猫の気まぐれに左右される。朝の六時に起こされることもあれば、トイレに入ってもドアの前で待たれることもある。読書なんて、まさに猫の監視下に置かれる行為の代表格だ。
でも不思議なもので、本が読めないことに対するイライラって長続きしない。膝の上で丸くなってる猫の重みとか、喉を鳴らす振動とか、そういうのを感じてると、まあいいかって気分になってくる。本はまた後で読めばいい。今この瞬間、この猫は私の膝を選んでくれてるんだから。
最近は諦めて、猫が来ることを前提に読書してる。片手で本を持って、もう片方の手で猫を撫でながら読むスタイル。効率は悪いけど、これはこれで悪くない。たまに猫が本の内容に合わせて動くような気がして面白い。恋愛小説を読んでる時は甘えてくるし、ミステリーを読んでる時は妙に警戒してる…気がするだけかもしれないけど。
今日も膝の上で猫がゴロゴロ言ってる。本は相変わらず三ページ目のまま。

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