
九月の夜は、思ったよりも早く静かになる。
窓の外でまだ虫が鳴いていた。秋口特有の、少し湿り気を帯びた夜風が網戸をそっと揺らして、部屋の中にはうっすらと金木犀に似た香りが漂っていた——いや、正確には近所の誰かが焚いたアロマキャンドルの匂いだったかもしれない。それでも私はなんとなく「秋が来た」と感じていた。コーヒーを一口飲んで、ソファに深く沈み込んだ瞬間のことだ。
突然、何かが爆発した。
正確には、うちの猫が爆発した。
名前はムギ。三歳になるキジトラで、普段は窓辺でうとうとしているか、私の足の甲の上で丸くなっているかのどちらかだ。穏やかで、どこか哲学者めいた顔をしている。そのムギが、何の前触れもなく走り回る猫へと豹変した。リビングから廊下、廊下からキッチン、キッチンからまたリビング。フローリングを蹴る音がドドドドドと響いて、私の手のコーヒーカップが小刻みに揺れた。
呆れる私、という言葉がこれほど似合う瞬間があるだろうか。
ムギはいわゆる「夜の運動会」をやっていた。猫を飼ったことがある人なら必ず知っているあれだ。突然スイッチが入って、部屋中を全速力で駆け回る、あの謎の現象。賑やかな猫、とはまさにこのことで、静寂だった部屋が一瞬にして競技場になる。私はソファから動けないまま、ただ呆然とその背中を目で追っていた。
子どもの頃、実家にも猫がいた。茶トラのコタという名前で、やはり夜になると走り回っていた。当時の私は一緒になって追いかけて、母に「うるさい」と叱られた記憶がある。あの頃は猫の走る速さに驚いていたけれど、今の私にはもうそんな体力はない。ソファから腰を上げることすらせず、ただ目だけで賑やかな猫を追う。これが大人になるということか、と少しだけしみじみした。
ムギが走り回ること、五分ほど。
唐突に止まった。キッチンの入り口あたりで、ぴたりと動きを止めて、何かを見つめている。私も思わず視線を向けたが、そこには何もなかった。壁だけがあった。ムギは壁を三秒ほど凝視してから、ゆっくりと踵を返し、とてとてとソファへ歩いてきた。そして私の隣に丸まって、目を閉じた。
何だったんだ、今のは。
心の中でそっとツッコミを入れたが、ムギはもう夢の中らしかった。小さな寝息が聞こえてくる。さっきまであれほど走り回っていたのに、その寝顔はあまりにも穏やかで、呆れる私の気持ちはいつの間にか、どこかに溶けていた。
ムギの毛並みに手を当てると、温かかった。指先から伝わってくるその体温は、驚くほど柔らかくて、思わず息をゆっくり吐いた。コーヒーの香りと、微かな獣の匂いと、秋の夜の空気が混ざり合って、部屋の中がひとつの気配になっていく感じがした。
私がインテリアにこだわって選んだ「ノルディカホーム」のリネンクッションは、今やムギの定位置になっていて、端がすこし毛だらけだ。購入したときの自分が見たら卒倒するかもしれないが、今の私にはそれが妙に愛おしい。
賑やかな猫と暮らすとは、こういうことだと思う。静かな時間が突然崩れて、走り回る猫の足音に圧倒されて、呆然と見つめて、呆れて、それでもなぜか温かい気持ちが残る。言葉にすると単純だけれど、実際にその場にいると、うまく説明できない感情がじわりと広がってくる。
窓の外では虫がまだ鳴いていた。
ムギはもう動かない。私もしばらく、動かなかった。走り回る猫のいる部屋は、静かになってもどこか賑やかで、呆れる私はいつの間にか、笑っていた。

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