
五月の午後、窓から差し込む光がやわらかく床を染めていた。そろそろ洗わなければ、とわたしは思った。うちには三匹の猫がいる。茶トラのムサシ、白黒のコマ、そして末っ子のきなこ。三匹そろって今日は猫の入浴の日だ。
前日から準備を整えた。猫用シャンプー、タオル五枚、ドライヤー、そしてわたしの精神力。
シャンプーは必ず「猫用」と表記のある専用のものを使う。人間用のシャンプーでは刺激が強く、皮膚トラブルの原因となりかねない。
そのことを知ってから、ずっと猫専用のものを使っている。今回はオーガニック系のブランド「ネコノハ・ラボ」のシャンプーを新しく試すことにした。ほんのりカモミールの香りがして、ふたを開けただけで浴室がやさしい空気に包まれた。
まず最初はムサシ。彼はこの家で一番の古株で、体も大きく、気性も穏やかなほうだ。でも水は嫌いだ。
いきなり背中や頭からお湯をかけると、驚いてパニックに陥る可能性が高い。まずは心臓から遠い足先やしっぽの先から少しずつ濡らし始め、お湯の感触に慣れる時間を作ることが大切だ。
「大丈夫だよ」と声をかけながら、ゆっくりとお湯を足先に流す。ムサシはじっとわたしを見上げ、小さく「ふにゃ」と鳴いた。それでもなんとか洗い終えた。タオルで包んだ瞬間、彼の体から湯気がほわっと立ち上り、カモミールの香りが浴室に広がった。
次はコマ。こちらはまったく別の話だ。にぎやかというより、もはや嵐だった。シャワーヘッドを近づけた瞬間、コマは体をくねらせ、壁を蹴り、わたしの腕に爪を立て、「ぎゃーっ」と叫んだ。浴室中に水しぶきが飛び散り、わたしのTシャツはずぶ濡れになった。思えば子どものころ、近所の野良猫を捕まえて川で洗おうとした友人が同じ目にあっていた。あのときは笑っていたのに、今は笑えない。
それでもなんとか洗い終え、タオルに包んだコマはふるふると震えながら、それでも少しだけ落ち着いた表情をしていた。
タオルドライはゴシゴシと擦るのではなく、タオルを体に押し当てるようにして優しく拭いてあげることが大切だ。
そっと押さえるように、何度も何度も水気をとる。コマの黒い毛が少しずつふわっとしてきた。
最後はきなこ。一番小さく、一番若い。おそるおそる抱き上げると、ぴんと耳を立てて、わたしの顔をじっと見た。――ここで告白しなければならないのだが、きなこはお湯に入れた瞬間、あまりの静けさに逆に不安になるほどおとなしかった。動じない。まったく動じない。ただ、洗い終えてタオルで包んだとき、ものすごい勢いでわたしの顔を舐めてきた。お礼なのか、抗議なのか、今もよくわからない。
シャンプー後、猫は必ずセルフグルーミングを行う。だからこそ、すすぎはしつこいくらいしっかり行うことが重要だ。
きれいにしようとするなら、そのあとの念入りなすすぎこそが肝心だと、毎回この作業をするたびに実感する。
三匹が乾いたあと、リビングは一変した。ふわふわになった三匹が思い思いの場所に散らばり、それぞれ毛づくろいをはじめた。夕方の光の中で、三匹の毛並みがほんのり光って見えた。カモミールの香りがかすかに部屋に漂っていた。にぎやかだった浴室が嘘のように、静かで穏やかな時間が流れていた。
猫の入浴は、決して簡単ではない。疲れるし、濡れるし、引っかかれることもある。
猫の皮膚は薄くデリケートなため、洗いすぎると必要な皮脂まで洗い流され、かえって皮膚病になってしまう恐れもある。
だからこそ、きれいにしようという気持ちだけでなく、猫のペースに寄り添う気持ちも同じくらい大切なのだと思う。
三匹が並んで眠りはじめたのは、夕暮れどきだった。ムサシ、コマ、きなこ。ふわりとした毛並みが、夕陽の色に染まっていた。来月もまた、この騒動がはじまる。それでも、きれいになった三匹を見ていると、やっぱりやってよかったと思う。そういうものだ。

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