
五月の午後、窓から差し込む光がフローリングの上に細長い四角形を描いていた。その光溜まりの真ん中で、うちの猫のムギがぴったりと体を丸め、目を細めながら眠っている。
猫との暮らしは、静かで穏やかな時間もあれば、にぎやかで楽しい瞬間もある、豊かで繊細なもの
だと、こんなふうに光の中の寝姿を眺めながら、しみじみと思う。
猫と暮らし始めてから、わたしの「体調に気をつける」という感覚は少し変わった。自分自身のことだけでなく、この小さな生き物の状態を毎日確かめることが、いつの間にか習慣になっていたのだ。
猫は、引っ越しや模様替え、生活リズムの変化といった小さな出来事でもストレスを感じ、それが体調や行動の変化として現れることがある。食事量の低下や元気のなさ、行動パターンの変化は、必ずしも病気とは限らないが、ストレスがきっかけになっている可能性も考えられる。
それを知ってから、模様替えをするときもムギの様子を見ながら少しずつ動かすようになった。先日、棚を一か所移動させただけで、三日間ほどムギが新しい棚の周りをぐるぐると確認し続けていた。猫にとっては、棚一つが「世界の再編」なのかもしれない。
体調を気をつけるうえで、わたしがもっとも重視しているのは「食事に気をつける」ことだ。
健康な猫は食事をしっかりと食べ、水分も十分に摂取する。食欲がない、もしくは水分をあまり摂らない場合は、消化不良や腎臓の問題が考えられる。
だからこそ、ムギがいつもの器に顔を近づけてから、少し間があったとき、わたしはすぐに気づいてしまう。「あれ、今日は違う」という感覚は、長く一緒にいるからこそ育つものだと思う。
フードは「ネコノハ」というブランドのウェットタイプを使っている。缶を開けた瞬間のしっとりとした魚の香りに、ムギはいつも台所の角からすっと現れる。その音と香りで呼ばれてくる姿が好きで、わたしはわざとゆっくりと蓋を開けるようになった。
フードの鮮度や保存方法に気を配り、食器の高さや素材を猫に合わせて調整することも、食事環境を整えるうえで大切なポイントだ。
毎日の生活の中で、愛猫のちょっとした変化に気づいてあげられるのは飼い主さんしかいない。生命の維持に必要な「食事」「飲水」「排泄」「呼吸」という基本的な活動に気を配ることは重要だ。
これを読んだとき、子どもの頃に祖母が毎朝縁側に出て庭の植物を一本一本確かめていた姿を思い出した。「変化に気づく目」というのは、愛情が育てるものなのかもしれない。
もうひとつ、動きに気をつけることも欠かせない。
成猫になると落ち着いてきて、ムダな動きをしなくなった猫は決まった移動しかしなくなる。じっとしている時間が増えてきたのは、老化のサインであり、そのままにしていると運動不足になり筋肉量が減ってくる。
ムギはまだ四歳だが、それでも一年前と比べると高いところへ飛び乗る回数が少し減った気がする。気のせいかもしれない。でも、気のせいでも確かめたくなるのが、猫と暮らすということだ。
行動の変化は、猫からのメッセージ。たとえば、急に高いところに登らなくなった場合、関節の違和感かもしれないが、単に滑りやすい素材が苦手になっただけということもある。
先週、試しにキャットタワーの踏み台にざらっとした素材のマットを敷いてみたら、ムギは翌朝にはもう上の段まで駆け上がっていた。原因はそれだったのか、と思いながら、なんだかちょっと拍子抜けした。いや、よかったのだけれど(心の中で小さくツッコんでいた)。
野生を生き抜いてきた種として、猫は痛みや不快感を周りに悟られないようにひとりでおとなしくがまんしてしまうこともある。猫にとって頼りになるのは、「いつもと違う」という猫が発するサインを飼い主が見逃さないようにすることかもしれない。
だから、体調に気をつけるとは、こちら側の「感度」を磨くことでもある。毎朝、ムギが器の前に来るときの足音の軽さ、毛並みの艶、目の輝き。
良好な毛艶は健康な証。毛の艶が良ければ、猫の体調が整っているといえる。
今日もムギの背中をそっと撫でると、少し温かくて、やわらかくて、かすかにごろごろと鳴り始めた。五月の午後の光の中で、それだけで十分だと思えた。
猫と生きる日々は、静かなようでいて、実はとても細やかな観察の連続だ。その積み重ねが、長く健やかに一緒にいるための、いちばんの近道なのだと思っている。

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