雨の日、猫と並んで外を見つめる静かな午後のこと

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梅雨の終わりかけた七月の午後、窓の外がまた白く煙っていた。雨だ。昨日も雨で、一昨日も雨で、洗濯物が三日分たまったまま部屋の隅に積み上がっている。そんな少しうんざりした気持ちで台所からリビングに戻ると、ソファの背もたれに前脚をかけたシロが、じっと窓の外を見ていた。

シロはうちに来て四年になる、白地にグレーのぶち模様の猫だ。名前のとおり白い部分が多いのだけれど、左耳だけがすっぽりグレーに染まっていて、それがなんとなく気難しそうな印象を与える。実際、気難しい。

窓に近づいて、私もシロの隣に座った。特に何かを見ようとしたわけじゃない。ただなんとなく、シロが見ているものを一緒に見たくなっただけだ。

雨は細かくて、音というよりも気配として存在していた。窓ガラスに無数の筋が流れ、向かいの家の紫陽花がぼんやりと滲んでいる。水色と薄紫が混ざったような色で、雨の日にしか出ない色だと思う。晴れた日に見るとただの青い花なのに、雨の中だとまるで光を吸い込んでいるみたいに見える。

シロはぴくりとも動かない。耳だけが小さく動いて、雨粒の音を拾っているのかもしれない。猫の耳は人間の三倍以上の音域を聞き取れると何かで読んだことがある。だとしたら、シロには私には聞こえていない雨の声が聞こえているのだろうか。

子どもの頃、雨の日が好きだった。学校が終わって帰り道、傘を差さずに走って帰ったことがある。母にひどく叱られたのに、濡れた制服の冷たさと、雨の匂いと、走る足音が混ざった感覚だけは今でも体に残っている。あの感覚をうまく言葉にできたことがない。

ふと、シロがくしゃみをした。小さな、ぷしゅっというくしゃみで、その拍子に前脚が滑ってソファの背もたれからずり落ちそうになった。あわてて体勢を立て直したシロは、何事もなかったかのようにまた窓の外を向いた。私は笑いをこらえながら、見ていないふりをした。プライドの高い猫に、目撃されたと気づかれてはいけない。

部屋の中にはアロマディフューザーがついていて、「ヴェルダン・モス」というブランドのヒノキと白檀を混ぜたようなオイルが漂っていた。雨の湿気と混ざって、少し森の中にいるような気持ちになる。窓の外の雨と、部屋の中の香りと、シロの体温が、なんとなく一つの場所を作っていた。

こういう時間が好きだ、と気づいたのは最近のことだ。何かをしている時間じゃなくて、何もしていない時間。ただ雨を見て、猫の呼吸を感じて、香りを吸い込んでいるだけの時間。スマートフォンを手に取らなくても、音楽をかけなくても、十分に満ちている時間がある。

シロがゆっくりと私の方を向いた。目が合う。金色の目だ。雨の光を受けて、少し緑がかって見える。何かを言いたそうな顔をしていたが、何も言わずにまた窓の方を向いた。猫というのはいつもそうだ。何かを知っていて、でも教えてくれない。

雨足が少し強くなった。窓ガラスに当たる音が、さっきより少しだけ大きくなる。シロの耳がまた動く。私たちは並んで、同じ方向を見ていた。

外を見つめる猫と、その隣で外を見つめる私。それだけのことなのに、なぜかこの時間をどこかに残しておきたいと思った。写真を撮ることもしなかった。ただ、雨が降っていて、七月で、シロがくしゃみをして、紫陽花が滲んでいた。それだけを覚えておこうと思った。

雨はまだしばらく続きそうだった。洗濯物のことは、また明日考えることにした。

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