
朝の5時半、またあの音で目が覚めた。
ドタドタドタドタ。廊下を全力疾走する肉球の音。いや、肉球ってこんなに響くものなんだっけ。うちの猫、体重4キロしかないのに、なぜか20キロくらいあるみたいな足音を立てる。カーテンレールに飛び乗る音、本棚から何かが落ちる音、そして謎の「ニャアアアアオ!」という雄叫び。まだ夜明け前なんですけど。
呆然としながらリビングに出ると、案の定そこには運動会の真っ最中な灰色の生き物がいる。目がギラギラしてる。完全にスイッチ入ってる顔だ。私の姿を見つけると、一瞬動きを止めて、こっちをじっと見つめてくる。で、次の瞬間にはソファの背もたれに駆け上がり、そこから床に飛び降りて、また廊下へ消えていった。
何なんだろうね、あの生き物。
拾ってきたのは去年の秋口だった。動物病院の先生が「生後3ヶ月くらいかな」って言ってたから、今はもう1歳過ぎてる。最初の頃は大人しかったんだよ。ケージの隅で丸まって、たまに「みゃ」って鳴くくらいで。「ああ、この子は静かな子なんだな」なんて思ってた。完全に騙された。
慣れてきた途端、本性を現した。朝も夜も関係なく走る。テーブルの上のものは片っ端から落とす。観葉植物の土は掘り返す。ティッシュは引きずり出す。カーテンはよじ登る。私が在宅で仕事してる時なんて、キーボードの上に乗ってくるし、Web会議中に画面の前を横切るし、資料の上で寝るし。「ちょっと、今仕事中なんだけど」って言っても、全く聞いてない顔でこっちを見てくる。
そういえば先週、友達が家に来た時のこと。玄関開けた瞬間、猫が全力で突進してきて、友達の足元をぐるぐる回り始めた。「わー、人懐っこい子だねー」なんて言われたけど、違うんだよ。あれは歓迎じゃなくて、単に新しい遊び相手を見つけて興奮してるだけ。案の定、友達が持ってきたエコバッグに飛び込んで、中身を引っ掻き回してた。友達が買ってきたシュークリーム、箱が潰れてた…ごめん。
夜の9時過ぎになると、また別のスイッチが入る。「夜の運動会タイム」って勝手に呼んでるんだけど、この時間帯が一番激しい。部屋の端から端まで、何往復するんだろう。途中で急ブレーキかけて、横滑りしながら方向転換する姿は、もはや芸術的ですらある。
私はソファに座って、その様子を呆然と眺めてる。最初の頃は「やめなさい!」とか「静かにして!」とか言ってたけど、もう諦めた。言っても無駄だし、むしろ声をかけると余計にテンション上がるタイプだって分かったから。
ふと、猫が動きを止めた。
息を切らしながら、床にべったり伏せてる。舌を出して、ハッハッと呼吸してる。ようやく疲れたのか。そう思った矢先、また立ち上がって、今度は窓際に走っていった。外を眺めてる。夜の街灯に照らされた葉っぱが風で揺れてるのを、じっと見つめてる。
その横顔を見ながら思う。この子、一体何を考えてるんだろうって。
昼間も結構すごい。私が昼食を作ろうとキッチンに立つと、必ず足元に来る。冷蔵庫を開けると覗き込む。まな板の上に野菜を置くと、前足で触ろうとする。「猫って本来、肉食動物だよね?」って思うんだけど、なぜかキャベツとか人参とか、野菜にも興味津々。この前なんて、切ったキュウリを一切れ盗んで、リビングで転がして遊んでた。
賑やかっていうレベルを超えてる気がする。「賑やか」って言葉、もっとこう、楽しげで明るいイメージじゃない? うちの猫の場合、賑やかというより「騒々しい」が正しい。いや、「暴れん坊」? それとも「破壊神」?
呆れるというのも、もう日常になった。朝起きて、散らかった部屋を見て「あー、またか」って思うだけ。驚きもしない。ティッシュが床一面に散乱してても、「ふーん」って感じ。慣れって怖い。
それでも、時々ふっと甘えてくる瞬間がある。運動会が終わった後とか、私がソファでぼーっとしてる時とか。膝の上に乗ってきて、喉を鳴らしながら丸くなる。その時だけは、さっきまでの暴れっぷりが嘘みたいに静か。
そんな時、つい撫でてしまう自分がいる。
「お前、さっきまであんなに暴れてたのに」って思いながらも、頭を撫でて、背中を撫でて。猫は目を細めて、気持ち良さそうにしてる。この瞬間だけは、まあ、悪くないかなって思ったりする。
でもそれも束の間。5分もすれば、また何かのスイッチが入って、膝から飛び降りて走り出す。
結局、私は今日も呆然と猫を見つめてる。これからもきっと、そうなんだろうな…って思いながら。

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