
うちには猫が三匹いる。
洗うなんて思いつかなければよかったのに、ある土曜の朝、ふと「そういえばこいつら、いつから風呂入ってないんだ?」って考えちゃったのが運の尽きだった。SNSで見かけた真っ白な長毛種の動画に影響されて、うちの灰色と茶トラとサビ柄も、きっと洗えばもっとふわふわになるはずだって勝手に思い込んだ。で、ホームセンターでペット用シャンプーを買って、洗面所に猫用タオルを三枚積んで、準備万端で臨んだわけ。
最初のターゲットは一番おとなしい灰色の子、名前はミルク。朝の10時くらいだったかな、日差しが洗面所の窓から斜めに差し込んで、なんとなく「いける」気がしてた。お湯の温度を38度に調整して、ミルクを抱えて洗面台へ。ところがシャワーヘッドから水が出た瞬間、ミルクの目が見開かれて、次の瞬間には僕の腕に爪が五本全部食い込んでた。痛い。めちゃくちゃ痛い。血が滲んでるのに、ミルクは濡れた体で洗面所を脱走して、リビングのカーテンレールまで一直線。水滴が床にぽたぽた落ちる音だけが残された。
二匹目は茶トラのポン太。こいつは体重が6キロ近くあって、抱えるだけで腰にくる。
ポン太を風呂場に連れ込むまでに15分かかった。寝室のベッド下に逃げ込んだポン太を引きずり出して、廊下を横抱きにして運ぶ間、ずっと低い声で「ウゥゥゥ…」って唸ってる。怖い。お湯をかけ始めたら案の定、暴れた。シャンプーのボトルが吹っ飛んで、泡が鏡に飛び散って、僕のTシャツはびしょ濡れ。それでもなんとか全身を洗い終えて、タオルドライしようとした瞬間、ポン太が僕の手からするりと抜けて、泡まみれのまま廊下へダッシュ。泡の足跡が廊下にずらっと並んだ光景は、ちょっと笑えた。笑えなかったけど。
ここで一旦休憩を挟んだ。コンビニで買ってきたアイスコーヒーを飲みながら、「猫って本来、自分で毛づくろいするから洗わなくていいんじゃなかったっけ?」って今更ながら思い出した。中学の時、友達の家で飼ってた猫は一度も風呂入れてなかったけど、めちゃくちゃ綺麗だったし。というか、あの子は外飼いだったから雨に濡れてたのかもしれない…いや、それは違うか。
三匹目、サビ柄のチビ。体は小さいけど性格は一番きつい。
チビを捕まえるのに20分。洗面所に入れるまでに10分。お湯をかけ始めてから、僕が「もう無理」って思うまで5分。合計35分の死闘だった。チビは鳴き声が尋常じゃなくて、「ギャアアアア!」って叫ぶ。近所の人が虐待だと思って通報するんじゃないかってレベル。実際、洗ってる最中に玄関のチャイムが鳴って、心臓が止まりそうになったけど、宅配便だった。ありがとう佐川急便。濡れた手でハンコ押したから、伝票がにじんでたけど、配達員さんは何も言わなかった。プロだ。
全員洗い終わった後、リビングには三匹の半乾きの猫と、ずぶ濡れの僕がいた。
床には水たまりと泡の残骸と、抜け毛がまとまって転がってる。タオルは三枚とも使い物にならないくらいびしょびしょで、僕の腕には赤い引っかき傷が合計12本。ミルクは冷蔵庫の裏に隠れて出てこないし、ポン太はソファの上で怒りの毛づくろい中、チビは窓際で僕を睨んでる。きれいになったかって? うん、まあ、若干ふわっとした…気がする。気のせいかもしれないけど。
あの日以来、僕は猫を洗ってない。シャンプーのボトルは洗面台の棚に置きっぱなしで、ラベルの文字が少し色褪せてきた。たまに「また洗おうかな」って思うこともあるけど、ミルクの視線を感じると手が止まる。
猫を洗うって、要するにこういうこと。

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