
うちの猫、週に一回は風呂場に連行されている。
最初に断っておくけど、私は猫を洗うのが趣味になってしまった人間だ。獣医さんには「そんなに洗わなくても」って苦笑いされるし、猫好きの友人には「虐待じゃん」とまで言われたことがある。でも、やめられない。三毛猫のミケ子(仮名)を抱えて風呂場に向かうあの瞬間、私の中で何かのスイッチが入る。ミケ子の方は完全に諦めモードで、もう抵抗すらしなくなった。これが良いことなのか悪いことなのか、正直わからないまま二年が過ぎた。
シャワーの温度は38度。これより高いと嫌がるし、低いと震える。ペット用シャンプーは「アクアキャットプロ」っていう、やたら泡立ちの良いやつを使ってる。最初は人間用の無添加石鹸とか試したんだけど、全然泡が立たなくて途中で心が折れた。泡立てネットまで買ったのに。猫の毛って思ったより油分が多いのか、普通のシャンプーだとヌルヌルが取れるまで時間がかかる。で、その間ずっとミケ子が「ニャー、ニャー」って鳴き続けるわけ。あの声、本当に近所迷惑だと思う。
きれいにしようと思って始めたことなのに、洗ってる最中の風呂場はもう戦場。水しぶきが壁中に飛び散って、排水口には抜け毛が渦を巻いてる。私の服もびしょ濡れ。ミケ子は濡れた状態だと体が半分くらいの大きさに見えて、なんだか申し訳ない気持ちになる。でも手は止まらない。耳の後ろ、肉球の間、尻尾の付け根。丁寧に、でも手早く洗っていく。
そういえば去年の夏、実家に帰ったときに母親の猫も洗おうとしたことがある。
あれは失敗だった。母親の猫は野良出身で、私のミケ子みたいにお風呂に慣れてない。洗面器にお湯を張って、そこに足だけ浸けようとした瞬間、すごい勢いで逃げられた。そのまま濡れた足で畳の上を走り回って、母親にめちゃくちゃ怒られた。「あんたの趣味を他の猫に押し付けないで」って。その通りだと思った。
風呂場に戻ろう。すすぎが一番大事なんだけど、これが一番時間がかかる。シャンプーの成分が残ってると皮膚炎になるらしくて、私は神経質なくらい何度も何度もお湯をかける。ミケ子の鳴き声がだんだん弱々しくなっていくのを聞きながら、「もうちょっと、もうちょっとだけ」って声をかける。誰に言い訳してるんだろうって思うけど。
タオルドライの段階になると、ミケ子も少し機嫌が戻る。ふわふわのタオルで包まれるのは嫌いじゃないみたい。ゴシゴシ拭くと怒られるから、押さえるようにして水分を吸い取っていく。このとき、濡れた猫独特の匂いがする。動物っぽい、でもどこか甘い感じの匂い。これが嫌いじゃない自分がいる。
ドライヤーは弱風で、30センチくらい離して。近づけすぎると熱いし、遠すぎると乾かない。この距離感を掴むまでに半年くらいかかった気がする。ミケ子はドライヤーの音が嫌いで、最初の頃は風呂場から脱走されて、半乾きのまま家中を逃げ回られた。今は観念してじっとしてくれるようになったけど、目は完全に死んでる。
全部終わって、ふわふわになったミケ子を見ると、毎回「やっぱり洗ってよかった」って思う。毛並みが光って、触り心地が全然違う。でも、ミケ子本人がそれを喜んでるかっていうと、微妙なんだよね。洗い終わった後、必ず部屋の隅で三十分くらいグルーミングし直してる。私の仕事を全否定するかのように、念入りに。それでも私は次の週末、また彼女を風呂場に連行する。
にぎやかな風呂場の時間が、私にとっては妙に落ち着く時間になってしまった。平日の仕事のストレスも、人間関係のモヤモヤも、猫を洗ってる間は全部忘れられる。集中するっていうか、無心になれるっていうか。禅みたいなものかもしれない。いや、禅をやったことないから知らないけど。
友達には理解されないこの趣味、多分これからも続けていくと思う。ミケ子が本気で嫌がるようになったらやめるけど、今のところ彼女は「まあ、仕方ないか」くらいの温度感で付き合ってくれてる…気がする。勝手な解釈かもしれないけどね。

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