
ページをめくった瞬間、視界が灰色の毛で覆われる。
うちの猫は私が本を開くと必ず膝の上に乗ってくる。まるでセンサーでも付いているみたいに、ソファに座って文庫本を広げた瞬間、どこからともなく現れる。さっきまでキッチンで水を飲んでいたはずなのに。本当に不思議なタイミングで、私の太ももの上に四つの肉球が着地する。そして当然のように、開いているページの真ん中に顔を突っ込んでくるわけだ。
最初は可愛いと思っていた。
本を読んでいる時の猫の邪魔は、飼い主にとってある種の儀式みたいなものだと思う。ネットで検索すれば同じような写真が山ほど出てくる。本の上で丸くなる猫、キーボードの上で寝る猫、新聞紙の真ん中に陣取る猫。どの写真も「困ったもんだ」という空気を漂わせながら、実は嬉しそうに撮影されている。私も最初の頃は写真を撮っていた。「また邪魔しに来た〜」なんてSNSに投稿して、いいねをもらって満足していた時期がある。
でも毎日となると話は別で。推理小説のクライマックスで犯人が明かされる直前、必ずと言っていいほど猫が本の上に座り込む。しかも前足で器用にページを押さえつけるものだから、めくることもできない。「ちょっと、今いいところなんだけど」と言っても、猫はゴロゴロと喉を鳴らすだけ。私の声なんて聞こえていないかのように、目を細めて幸せそうな顔をしている。
そういえば去年の夏、友人に借りた本を返す時に妙な跡がついていて焦ったことがあった。ページの真ん中あたりに、小さな肉球型の汚れ。多分、庭で遊んだ後の足で本を踏んだんだと思う。一生懸命消しゴムでこすったけど完全には消えなくて、返す時に「猫が…」と言い訳したら「猫飼ってる人あるあるだよね」と笑われた。あの時は本当に申し訳なかったけど、今思えばあれも猫との生活の一部だったのかもしれない。
読書の邪魔をする猫には、いくつかのパターンがある。まず「本の上に座る」タイプ。これは最もスタンダードで、対処法は猫をどかすか、諦めて撫でるかの二択。次に「本と顔の間に割り込む」タイプ。これは視界を完全に塞がれるので、読書の継続が物理的に不可能になる。そして最も厄介なのが「ページをめくる手を狙う」タイプ。手を動かすたびに猫パンチが飛んでくるので、まともに読み進められない。うちの猫は全部やる。気分によって使い分けているらしい。
冬の夜、暖房の効いた部屋で毛布にくるまって本を読んでいると、猫の体温が妙に心地よかったりする。重さは大体四キロくらい。太ももの上に乗せていると、じんわりと温かさが伝わってくる。ゴロゴロという振動も、なんだか読書のBGMみたいに感じられる瞬間がある。そういう時は本を読むのを諦めて、猫の頭を撫でながらぼんやりと天井を見上げたりする。
猫が邪魔をするのは、きっと寂しいからだと思う。本を読んでいる私は、猫にとっては「目の前にいるのに構ってくれない人間」なわけで。テレビを見ている時はそこまで執拗に邪魔してこないのに、本を読んでいる時だけ異常に積極的になる。多分、本という物体が私の注意を奪っているのが気に入らないんだろう。だから本と私の間に割り込んで、「私を見て」とアピールする。
ある日、試しに猫を完全に無視して本を読み続けてみたことがある。膝の上に乗ってきても撫でず、顔を近づけてきても目を合わせず、ひたすらページをめくり続けた。そうしたら猫は五分ほどで諦めて、ソファの反対側に移動した。丸くなって、背中を向けて寝始めた。その時、妙な罪悪感を感じた。本を読むことに集中できたけど、なんだか部屋の空気が冷たくなったような気がして、結局すぐに猫のところへ行って頭を撫でた。
最近は猫が邪魔をしてくることを前提に、読書の計画を立てるようになった。集中して読みたい本は猫が寝ている時間帯に読む。朝の六時とか、昼間の二時とか。逆に軽い内容の雑誌やエッセイは、猫が活動的な夜に読む。途中で邪魔されても問題ない本を選ぶわけだ。こうして人間が猫のリズムに合わせていく。
本当は猫用のベッドを買えば解決するのかもしれない。「ペットハウス・モフリー」とかいう通販サイトで見かけた、ふわふわの猫ベッド。レビューを読むと「うちの子はすぐに気に入って、一日中寝てます」なんて書いてある。でも多分、うちの猫には効果がない気がする。あいつが欲しいのはベッドじゃなくて、私の注意だから。
ページをめくろうとすると、また肉球が本の端を押さえる。諦めて本を閉じると、猫は満足そうに目を細める。今日もまた、読書は十ページで終わりそうだ。


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