
猫を飼い始めてから、夕方の過ごし方が変わった。
以前は仕事から帰ってきて、適当にコンビニ弁当を温めて、スマホ見ながら食べて終わりだった。でも今は違う。玄関のドアを開けた瞬間に、廊下の奥から小走りでやってくる肉球の音。その音を聞くために、わざと鍵を開ける音を大きくしたりして。我ながらバカみたいだけど。
キッチンに立つと、足元にすり寄ってくる温かい感触がある。私が夕飯の支度を始めると、猫も自分の時間が来たことを理解しているらしい。冷蔵庫を開けると、目を細めてこっちを見上げてくる。「何作るの?」って顔で。
鶏肉を切っていると、まな板の音に反応して尻尾がぴくぴく動く。包丁のリズムが、なんだか心地いいメトロノームみたいになっていて、猫もそのリズムに合わせるように、ときどき喉を鳴らす。フライパンに油を引いて火をつけると、じわじわと広がる熱気。その匂いを嗅ぎつけて、猫は少し離れた場所に移動する。暑いのは苦手らしい。でも完全に立ち去るわけじゃなくて、キッチンマットの端っこに座って、こっちの様子を眺めている。
去年の秋だったか、友達が「猫って飼い主に興味ないんでしょ?」って言ってきたことがあった。確かにそういうイメージあるよね。犬みたいに全力で喜んだり、尻尾振ったりしないから。でも一緒に暮らしてみると分かる。猫は猫なりの距離感で、ちゃんとこっちを見てる。
鶏肉に焼き色がついて、醤油とみりんを回し入れる。ジュワッという音と一緒に、甘辛い湯気が立ち上る。この瞬間が好きだ。猫も好きらしくて、鼻をひくひくさせながら、また少しだけ近づいてくる。でも人間の食べ物はあげないって決めてるから、ここは我慢してもらう。代わりに、猫用のご飯を準備する。
カリカリのドライフードを器に入れると、待ってましたとばかりに飛びついてくる。さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら。食べてる横顔を見ながら、私も自分の皿に料理を盛る。
テーブルに座ると、猫は食べ終わったのか、窓辺に移動していた。
外はもう暗くなりかけていて、街灯の光がぼんやりと部屋に差し込んでくる。猫は窓の外を眺めながら、ゆっくりと尻尾を揺らしている。何を見ているんだろう。鳥?それとも風に揺れる木の葉?私には分からないけど、その後ろ姿がなんとなく哲学者みたいで笑える。
箸を動かしながら、ふと気づく。この時間、すごく静かだ。テレビもつけてない。音楽も流してない。聞こえるのは自分の咀嚼音と、たまに猫が体勢を変える時の小さな音だけ。前だったらこの静けさに耐えられなくて、何かしら音を出していたと思う。
食べ終わって皿を洗っていると、いつの間にか猫が戻ってきていた。足元で丸くなって、目を閉じている。洗い物の水音が、子守唄代わりになっているのかもしれない。
この前、スーパーで「ネコトモ」っていう猫用おやつを見つけて、試しに買ってみたんだけど、うちの猫には不評だった。一口舐めて、プイッと顔を背けられた。好みって難しい。
リビングに戻って、ソファに座る。すると猫も起きてきて、隣に飛び乗ってくる。膝の上には乗らない。いつも隣。この距離感が、たぶんちょうどいい。
窓の外では、誰かが自転車で通り過ぎる音がした。猫の耳がぴくっと動く。でもそれだけで、また目を閉じる。
こうやって、特別なことは何もない夜が過ぎていく。猫と私の、食事を挟んだまったりとした時間。劇的な変化があるわけじゃないし、何か特別なことをしているわけでもない。ただ、同じ空間にいて、同じ時間を過ごしている。
それで十分なんだと思う。たぶん。


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