
まぶたの裏側が赤く染まって、意識が浮上しかけている。そんな境界線の中で、何かが布団の上を歩いている気配を感じた。
重さは2キロちょっとだろうか。ゆっくりと、でも確実に私の胸のあたりまで進んでくる足音というか、肉球の感触。目を開けたら負けだと思っている自分がいる。だってまだ眠いし、できればあと30分は夢の中にいたいから。でも猫はそんな人間の都合なんて知ったこっちゃない。
顔の真横まで来たところで、ふっと生暖かい息がかかった。獣特有の、ちょっと生臭いような、でも不思議と不快じゃない匂い。そしてヒゲが頬に触れる。くすぐったい。我慢できなくて薄目を開けたら、至近距離に琥珀色の瞳があった。
「ごはん?」って聞いたら、小さく鳴いた。
前に飼っていた猫は、もっと激しかった。朝5時になると容赦なく顔面を踏んでくるタイプで、しかも鳴き声がでかい。近所迷惑を考えて慌てて起きてキャットフードを出す、みたいな生活を3年くらい続けていたんだけど、今思えばあれは完全に猫に支配されていたな。人間が猫を飼っているんじゃなくて、猫が人間を飼っているっていうのは本当にそうで、気づいたら生活のリズム全部が猫基準になっていた。
でも今の子は違う。起こし方が紳士的というか、一応こっちの様子を伺ってくれる。ベッドの脇に置いてある時計を見たら、まだ6時半だった。休日の朝にしては早すぎる。窓の外からは鳥の声が聞こえていて、カーテンの隙間から差し込む光が薄い青色をしている。春先の、ちょっと肌寒い朝。
「もうちょっと寝かせて」と言いながら布団を頭まで被ったら、今度は布団の上から前足でトントンされた。
諦めて起き上がると、猫は満足そうに尻尾を立てて部屋を出ていく。その後ろ姿を見ながら、ああ完全に手のひらで転がされているなと思う。でも嫌じゃない。むしろこの「起こされ方」が、最近の朝のルーティンとして定着しつつある。目覚まし時計のアラームで無理やり意識を引き剥がされるより、生き物の体温と重さで起こされる方が、なんとなく体に優しい気がするんだよね。科学的根拠は知らないけど。
キッチンに行くと、猫は自分の食器の前で座って待っている。この待ち方が妙に行儀良くて、まるで高級レストランで注文を待つ客みたいだ。「ニャンシェフ」っていう名前のキャットフードの袋を開けると、途端にソワソワし始める。でもまだ飛びつかない。器に盛って床に置くまで、ちゃんと待ってる。
こういう瞬間に、ふと思う。猫って本当に時間の感覚が違うんだろうなって。私たちにとっての「あと30分寝たい」は、猫にとっては「今すぐごはんが必要な緊急事態」なのかもしれない。あるいは逆に、猫の1時間は人間の10分くらいの感覚なのかもしれない。そんなことを考えながらコーヒーを淹れていると、もう猫は食べ終わって毛づくろいを始めている。
ベッドに戻ると、さっきまで私が寝ていた場所がまだ温かい。猫はその温もりを確認するように、くるくると回ってから丸まった。二度寝する気満々じゃないか。起こしたのはそっちなのに。
窓を少し開けたら、外から土の匂いが流れ込んできた。誰かが庭仕事でもしているんだろうか。遠くで車のエンジン音。猫の寝息。コーヒーカップを持つ手のひらの熱。
こうやって朝が始まるのも、悪くない…って思う。


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