
窓の外が白く煙っていて、猫がじっと動かない。
うちの猫は雨の日になると必ず窓辺に座る癖がある。別に外に出たいわけじゃなさそうで、ただひたすら雨粒が窓ガラスを流れていくのを見つめているだけ。最初は何か鳥でも探してるのかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。視線の先には何もない。ただ灰色の空と、向かいのアパートの壁と、濡れたアスファルトがあるだけで。
私もいつの間にか隣に座って、同じ景色を見ている。
猫の呼吸に合わせるように、雨音が部屋に染み込んでくる感じがする。ザアザアっていうよりは、シトシトって感じの、三月の終わりによくある優しい雨。窓ガラスが少し冷たくて、そこに額を押し当てると気持ちいい。猫の耳がぴくっと動いた。何か聞こえたのかな。私には何も聞こえないけど。
こういう時間が好きなんだよね、実は。何もしなくていい時間。SNSも見なくていいし、返信しなきゃいけないメッセージもとりあえず忘れていい。雨が降ってるから外に出る予定もキャンセルできる。最高の言い訳。
そういえば前に飼ってたハムスターは雨の日が大嫌いだった。気圧の変化に敏感なのか、やたらと回し車を回してソワソワしてた。あれは見てるこっちが落ち着かなくなる。その点、猫は雨に動じない。むしろ雨を楽しんでる気さえする。哲学者みたいな顔して座ってるから、こっちまで何か深いこと考えてる気分になってくる。考えてないけど。
窓の外で誰かが傘をさして走っていった。猫の目がそれを追う。一瞬だけ。すぐにまた視線は宙に戻る。
私の膝の上に猫が乗ってきた。重い。でも動かさない。動かしたら負けな気がする。猫の体温がじんわり伝わってきて、雨の冷たさとちょうどいいバランスになる。喉を鳴らし始めた。ゴロゴロゴロ。あの音って不思議で、機械みたいに規則正しいのに、すごく生き物っぽい。矛盾してる。
雨粒が窓に当たる音と、猫の喉の音と、遠くで車が水を跳ねる音。それだけ。テレビもつけてないし、音楽もかけてない。スマホは手の届かないところに置いてある。こんなに静かな午後、久しぶりかもしれない。
昔、誰かに「猫を飼うと時間の流れ方が変わる」って言われたことがある。その時はピンとこなかったけど、今ならわかる気がする。猫は急がないから。人間が勝手に作った予定とか締め切りとか、全部無視して生きてるから。それに付き合ってると、こっちもだんだんそのペースに引きずり込まれる。
窓ガラスに雨粒の筋が何本もできて、それが光を屈折させてる。虹色にはならないけど、なんとなくキラキラして見える。猫はそれを見てるのかな。それとも全然違うものを見てるのかな。
考えてみれば、猫が何を考えてるかなんて一度もわかったことがない。五年も一緒にいるのに。ご飯が欲しい時とか遊んで欲しい時はわかるけど、それ以外の時間、この子の頭の中で何が起きてるのか全く想像がつかない。でもそれでいいのかもしれない。わからないまま隣にいる関係。
雨が少し強くなってきた。窓を叩く音が大きくなる。猫の耳がまたぴくっと動いた。でも逃げない。この子、雷以外では動じないから頼もしい。
私の足が痺れてきた。でも猫を動かすのはまだ早い気がする。もうちょっとだけ、この時間が続けばいい。雨が止むまで。いや、止まなくてもいいか。明日の予定も雨でキャンセルになればいいのに。
窓の外はまだ白く煙ってる。猫はまだ何かを見つめてる。私もまだ、ここにいる。


コメント