
春先の午後、窓から差し込む光が洗面所の白いタイルに反射して、部屋全体が柔らかく明るい。私は今日も猫を洗っている。いや、正確には「洗おうとしている」と言うべきかもしれない。我が家には三匹の猫がいて、それぞれに個性があり、それぞれに入浴への態度が異なる。
最初に洗うのは、いつも長毛種のミルクだ。彼女は比較的おとなしく、湯船に入れても諦めたような表情でじっとしている。ただし、シャンプーの泡が顔にかかりそうになると、耳をぴくりと動かして不快感を示す。その仕草がどこか人間じみていて、私はいつも「ごめんね」と声をかけてしまう。ミルクの毛並みは濡れると驚くほど細くなり、普段のふわふわした姿からは想像もつかないほどほっそりとした体つきが現れる。子どもの頃、祖母の家で飼っていた犬を洗ったときも同じように驚いたことを思い出す。
二匹目は黒猫のクロ。名前に工夫がないのは自覚しているが、彼にはこの名前が似合っている。クロは入浴が大嫌いで、洗面所に連れて行こうとするだけで察知して逃げ出す。今日も案の定、リビングのソファの下に潜り込んでしまった。私はしゃがみこんで「出ておいで」と声をかけるが、暗がりから光る黄色い目がこちらをじっと見つめるだけだ。仕方なく、お気に入りのおやつで釣ることにする。ゆっくりと這い出してきたクロを素早く抱き上げ、洗面所へ直行する。
クロを湯船に入れた途端、激しい抵抗が始まる。前足で洗面台の縁を掴み、後ろ足で私の腕を蹴る。水しぶきが飛び散り、床も壁も私の服もびしょ濡れになる。それでも何とか体を洗い、すすぎまで終えると、クロは全身を震わせて水を飛ばす。その勢いで私の眼鏡に水滴が飛んで、視界が一気にぼやけてしまった。眼鏡を外して拭きながら、「まあ、これも日常だな」と苦笑する。
三匹目は茶トラのハルだ。ハルは我が家で一番の暴れん坊で、入浴に関しても例外ではない。ただ、不思議なことに湯船に浸かってしまうと、急に大人しくなる。温かいお湯が気持ちいいのか、目を細めてうっとりとした表情を浮かべる。その姿を見ていると、こちらまで癒されてくる。ハルの毛並みは短いが密度が高く、洗うと独特の猫の香りが立ち上る。それは決して悪い匂いではなく、どこか懐かしさを感じさせる自然な香りだ。
シャンプーは「キャットグルーム」という専用のものを使っている。これは低刺激で猫の肌に優しく、すすぎも簡単だ。泡立ちがよく、少量でしっかり洗えるのも気に入っている。ハルの背中に泡を乗せて、指の腹で優しくマッサージするように洗っていく。彼は気持ちよさそうに喉を鳴らし始める。この瞬間だけは、入浴が嫌なものではないと感じているのかもしれない。
すすぎが終わると、タオルドライの時間だ。三匹ともこの時間は比較的協力的で、大人しくタオルに包まれている。ミルクは相変わらず諦めたような顔をしており、クロは早く解放されたいと言わんばかりにそわそわしている。ハルだけは、タオルに包まれたまま私の腕の中でうとうとし始める。その温かさと重みが心地よく、私もしばらくそのままでいたくなる。
ドライヤーの音が洗面所に響く。ミルクは長毛なので、しっかり乾かさないと毛玉ができてしまう。温風を当てながら、ブラシで毛並みを整えていく。徐々にふわふわとした本来の姿が戻ってくる。クロとハルは短毛なので、タオルドライだけでほぼ乾く。それでも念のため、軽くドライヤーを当てておく。
全ての作業が終わると、三匹はそれぞれ好きな場所へ散っていく。ミルクは窓辺の日向へ、クロはソファの上へ、ハルはキャットタワーの最上段へ。みんな毛繕いを始め、自分の匂いを取り戻そうとしている。その姿を眺めながら、私は濡れた床を拭き、散らかった洗面所を片付ける。
猫を洗うのは確かに大変だ。時間もかかるし、体力も使う。それでも、清潔になった猫たちが気持ちよさそうにしている姿を見ると、この手間も悪くないと思える。きれいになった毛並みは手触りがよく、抱き上げたときの感触が格別だ。
夕方になり、西日が部屋を染め始める。三匹の猫たちはすっかり落ち着いて、それぞれの場所で丸くなっている。私はソファに座り、温かいお茶を淹れる。カップを持ち上げると、湯気と共にほのかな茶葉の香りが立ち上る。一口飲んで、ほっと息をつく。
猫たちとの賑やかな入浴の時間は、こうして静かな夕暮れへと移り変わっていく。また来週も、同じように洗う日がやってくるだろう。そしてまた、同じように賑やかで、少し大変で、でもどこか愛おしい時間が流れていくのだ。


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