賑やかすぎる猫と呆れる私の日常 〜予想外の展開に疲れ果てて〜

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私の生活が一変したのは、あの日のことだった。近所の保護猫カフェから一目惚れして連れ帰った茶トラの「モカ」。最初はおとなしく、理想的なペットだと思っていたのに…。今では毎日が予想外の展開の連続で、私は呆れ顔が定着してしまった。

モカを迎え入れた当初、彼女は典型的な甘えん坊だった。膝の上で丸くなって眠り、優しく撫でると幸せそうにゴロゴロと喉を鳴らす。そんな穏やかな日々が続くと思っていた。しかし、それは私の甘い考えだった。環境に慣れてきた頃から、モカの本性が徐々に顔を出し始めたのだ。

まず始まったのは深夜の運動会。夜中の2時、突如として始まる「ギャロップ」。リビングからキッチン、廊下を駆け抜け、時には壁を垂直に駆け上がろうとする。私は最初、何かに驚いたのかと心配したものだ。しかし、これが毎晩の恒例行事となり、今では「あぁ、また始まった」と天井を見上げながら溜め息をつくだけになった。

昼間も賑やかだ。私がリモートワークで真剣に仕事をしていると、キーボードの上に堂々と座り込む。画面に映る自分の姿に興奮してモニターに飛びつこうとしたり、マウスを動かす手を狙って襲いかかってきたり。「モカ、仕事中だからね…」と諭しても、きょとんとした顔で首を傾げるだけ。その表情があまりにも可愛いので、怒る気も失せてしまう。

特に困るのは、来客時だ。友人が遊びに来ると、モカは突如としてパフォーマーに変身する。テーブルの上を走り回り、ソファーの背もたれでバランス芸を披露し、時には観葉植物にまで登ろうとする。「普段はもっと大人しいの」と言い訳するものの、友人たちの「へぇ〜、元気な子だね」という言葉に苦笑いを浮かべるしかない。

食事の時間も油断できない。私が台所で料理を始めると、どこからともなく現れて足元をウロウロ。包丁を使う時は特に緊張する。「危ないから、そこは駄目!」と何度言っても、モカには通じない。結局、おやつで気を紛らわせることになるのだが、これも彼女の思惑通りなのかもしれない。

最近では、新しい趣味も増えた。洗濯物を干している最中に、バスタオルに飛びついてブランコのように揺れる遊び。畳んだばかりの洗濯物の山に潜り込んで、自分の城を作る遊び。私が必死に片付けた直後の部屋を、数秒で戦場と化す才能には感心するばかりだ。

そして、私の寝室でのお昼寝も、モカにとっては格好の遊び場となった。本を読もうとベッドに横たわると、その瞬間を狙ったかのように飛び乗ってきて、本の上で寝そべる。どかそうとすると、甘えた声で鳴きながら更に密着してくる。結局、読書を諦めて一緒に昼寝をすることになる。

夜になると、また違った一面を見せる。私がテレビを見ていると、突然目の前で立ち上がり、後ろ足で直立するような芸当を披露する。その姿は明らかに注目を集めたがっているのだが、なんとも言えない滑稽さがある。思わず吹き出してしまうと、すっとんでいなくなり、しばらくして別の芸を持って再登場する。

休日の朝も平和ではない。私が少しでも寝坊しようものなら、顔の上に乗ってきて、鼻を舐めたり、髪の毛で遊んだりと、起こす手段を選ばない。「もう、分かったから…」と目を開けると、満足げな表情で私を見下ろしている。その得意げな顔に、また呆れ顔になってしまう。

こんな賑やかな日々を送るようになって、もう一年が経つ。確かに疲れることも多いし、予定通りに物事が進まないことばかりだ。でも、帰宅して玄関を開けると、待ちきれない様子で駆け寄ってくるモカを見ると、全ての疲れが吹き飛ぶ。

たまに友人から「大変そうだね」と言われることもある。確かに、モカが来る前の静かな生活が恋しくなることもある。でも、彼女のおかげで、毎日が笑いと驚きに満ちている。家に帰るのが楽しみになり、休日も退屈することがなくなった。

今日も私は、天井から吊るしたカーテンによじ登ろうとするモカを見上げながら、呆れた表情を浮かべている。「もう、何してるの…」とため息をつきながらも、心の中では笑みがこぼれている。この賑やかな日常は、きっと私にとってかけがえのない宝物になっているのだ。

結局のところ、猫との暮らしは予測不可能な展開の連続なのかもしれない。でも、その予測不可能さこそが、生活に彩りを添えてくれる。モカと過ごす賑やかな毎日は、時に疲れることもあるけれど、確実に私の人生を豊かにしてくれている。

そう、この呆れ顔も、きっと幸せの形なのだろう。

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