猫に起こされる朝——ベッドの中のまどろみを、あの可愛い瞳が壊しにくる

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秋の夜明けは、少しずつ遅くなっている。

十月に入ってから、カーテンの隙間からこぼれてくる光がやわらかくなった気がする。夏のように突き刺さるのではなく、薄いガーゼ越しに触れるような、そういう光。ベッドの中でまどろんでいると、その光の温度がじわりと瞼の裏に染みてくる。このまま、もう少しだけ。そう思った瞬間だった。

何かが、動いた。

布団の端が、ほんのわずかに沈んだ。続いて、四つの小さな足が、ゆっくりと、しかし確実に胸の上を歩いてくる。猫に起こされる、とはよく言うけれど、実際に体験すると「起こされる」というより「踏まれる」に近い。しかもこちらの呼吸のリズムなど、まったく考慮されていない。

うちの猫は、ムギという名前だ。三歳になるキジトラで、体重は四キロちょっと。決して重くはないはずなのに、みぞおちのあたりに乗られると、なぜかいつも息が詰まる。そしてムギは、止まる。ちょうど胸の上で、ぴたりと止まって、こちらの顔を覗き込む。

その可愛い瞳が、すごい。

琥珀色というか、薄い蜂蜜色というか、光の加減によって微妙に変わるその目が、まっすぐにこちらを見ている。何かを訴えているのか、ただ確認しているだけなのか、それとも単純に「起きろ」と言っているのか。たぶん三つ目だと思う。でも、その瞳があまりにも静かで真剣だから、こちらも思わず目が覚めてしまう。

子どものころ、祖母の家にも猫がいた。縁側でよく日向ぼっこをしていた白い猫で、名前はシロという、そのままの名前だった。あの猫は決して人を起こしに来なかった。ただ遠くから眺めていて、近づくと逃げた。ムギとは正反対の性格だ。だから余計に、こうして毎朝踏まれるたびに、なんだか不思議な気持ちになる。

ベッドの中で目を開けると、窓の外から金木犀の香りが漂ってくる。今年は少し早い気がする。昨日の雨で、香りが濃くなったのかもしれない。ムギはそんなことに構わず、今度は顎を私の鎖骨のあたりに乗せて、ごろごろと喉を鳴らし始めた。

起きなければいけないのはわかっている。でも、この重さと温度と、低く響く振動が、どうにも心地よくて動けない。

ちなみに先週、同じようにまどろんでいたら、ムギが私の鼻の頭をぺろりと舐めた。反射的に「うわっ」と声が出て、そのまま勢いよく起き上がったら頭をヘッドボードに強打した。ムギは驚いて飛び退き、部屋の隅からじっとこちらを見ていた。——どちらが起こしたのか、もはやよくわからない朝だった。

北欧インテリアブランド「フィルハウス」のリネンシーツに包まれながら、私はゆっくりと手を伸ばして、ムギの耳の後ろを撫でた。ムギは目を細める。その表情が、なんというか、満足そうで、少しだけ偉そうだ。

猫に起こされる朝というのは、不思議と悪くない。アラームに起こされるのとは、まったく違う感触がある。アラームは有無を言わさず現実を突きつけてくるけれど、ムギはただそこにいる。重さと温度と、小さな鼓動と一緒に、ゆっくりと意識を引き上げてくれる。

ベッドの中でまどろむ時間は、一日のうちで一番やわらかい時間だと思う。まだ何者でもなくて、何も決まっていなくて、ただ存在しているだけの時間。その時間に、ムギはいつも来る。

今朝も、金木犀の香りの中で、可愛い瞳がこちらを覗き込んでいた。

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