窓の外は雨。しとしとと降り続ける雨粒が、窓ガラスを伝って流れていく様子を、私は愛猫のミーコと一緒に眺めています。ミーコは窓辺に座り、その小さな顔を少し傾げながら、外の世界を真剣なまなざしで見つめています。
私たちの住むマンションは3階。この高さからは、通りを行き交う人々の傘が、まるでカラフルな花が咲いているかのように見えます。雨の日は普段とは違う景色を見せてくれます。道路は濡れて光り、街灯の明かりが水たまりに映り込んで、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
ミーコは生後8ヶ月のキジトラ。保護猫カフェで出会った時から、どこか物思いにふける表情をしていて、それに心を奪われました。家に連れて帰ってからも、よく窓辺に座って外を眺めています。特に雨の日は、まるで映画を見ているかのように真剣な表情で、雨粒を追いかけるように目を動かします。
時々、通り過ぎる鳥に反応して、小さな鳴き声を上げることもあります。その声は「ミュー」という独特な音で、興奮しているのか、それとも物憂げなのか、私にはよく分かりません。ただ、その仕草のすべてが愛おしく感じられます。
窓辺には私のお気に入りのクッションを置いています。雨の日は特に、このクッションに腰かけて、ミーコと一緒に外の景色を眺めるのが日課になっています。時には本を読みながら、時にはスマートフォンでSNSをチェックしながら。でも、結局はミーコの横顔に目が行ってしまいます。
猫は何を考えているのだろう。外の世界に思いを馳せているのか、それとも単純に動くものに反応しているだけなのか。科学的には、猫の視覚は人間とは異なり、動体視力に優れているそうです。だから、雨粒の一つ一つの動きが、私たちが見るよりもはっきりと見えているのかもしれません。
時には、ミーコの尻尾がゆっくりと左右に揺れることがあります。猫の気持ちを表す尻尾の動きについて調べたことがありますが、このゆったりとした動きは、リラックスしている時の表現だそうです。つまり、この雨の日の窓辺の時間を、ミーコも心地よく感じているのでしょう。
外は雨が続いていますが、室内は心地よい温度に保たれています。加湿器から漂う微かな湿気が、雨の日の雰囲気をより一層深めています。ミーコの毛並みはふわふわと柔らかく、時々手を伸ばして撫でると、小さな喉を鳴らして応えてくれます。
窓の外では、季節の移ろいも感じられます。今は初夏で、若葉が雨に濡れて艶やかに輝いています。この景色は、秋には紅葉に、冬には時々雪景色に変わるでしょう。でも、ミーコと過ごすこの静かな時間は、きっと変わることなく続いていくのだと思います。
時計の針はゆっくりと進んでいきます。普段は慌ただしく過ぎていく時間が、この窓辺では不思議とゆったりと流れているように感じます。スマートフォンの通知音も、遠くで鳴る車のクラクションも、すべてが雨音に溶け込んでいくようです。
ミーコは時々、私の方を振り向きます。その瞳には、何か語りかけているような深い輝きがあります。私たちは言葉を交わすことはできませんが、この静かな時間の中で確かな絆を感じています。
雨は時に物悲しさを誘うものですが、愛猫と過ごすこの時間は、どこか心温まるものがあります。世界中が慌ただしく動いている中で、この小さな空間だけが、まるで時間が止まったかのような穏やかさに包まれています。
窓の外では、雨雲の間から時折日が差し、雨粒が虹色に輝くことがあります。その瞬間、ミーコの目が一層輝きを増します。私たちは同じ景色を見て、同じ空気を吸って、この特別な時間を共有しているのです。
やがて雨は上がるでしょう。そうしたら、また違った景色が私たちを待っているはずです。でも今は、この雨の音と、愛猫の存在と、窓辺の静けさを、ただ大切に感じていたいと思います。
人生には、特別な何かを必要としない幸せな瞬間があります。この雨の日の窓辺で、愛猫と過ごす時間は、まさにそんな瞬間なのかもしれません。明日も、明後日も、雨が降ったら、きっと私たちはまたここに座って、共に外の世界を見つめることでしょう。
そして、それはきっと私たちにとって、かけがえのない思い出として積み重なっていくのだと思います。雨の日の窓辺で、猫と共に過ごす静かな時間。それは、日常の中の小さな、でも確かな幸せなのです。
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