走り回る猫を呆然と見つめる私の、ある午後3時の記録

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また床に何か散乱している。

朝起きて居間に降りた瞬間、目に飛び込んできたのはリモコン、ボールペン、昨日買ったばかりのマスキングテープ、それから謎の植物の葉っぱだった。犯人はもちろん、いま窓際で何食わぬ顔で毛づくろいをしているあいつ。うちの猫、名前はムギ。生後8ヶ月のオス猫で、最近とみに運動神経が発達してきたらしく、朝も夜も関係なく走り回っている。私が呆れた顔で見つめていても、本人——本猫?——は一向に気にする様子もない。

賑やかな猫、という表現がこれほどぴったりくる生き物がいるだろうか。ムギが家にやってきたのは今年の春先で、そのときはまだ手のひらに乗るくらい小さかった。保護猫カフェで出会ったんだけど、ケージの中で一匹だけ鳴き続けていて、店員さんも困り顔だったのを覚えてる。「この子、ちょっと元気すぎるんですよね」って苦笑いしながら言われて、なんとなく放っておけなくて引き取った。今思えば、あの時点で予兆はあったんだと思う。

午後3時。在宅ワークの休憩中にコーヒーを淹れて、ソファに腰掛けた瞬間だった。

突然、廊下の奥から何かが弾丸のように飛び出してきた。ムギだ。全速力でリビングを横切り、カーテンをよじ登り、本棚の上に飛び乗り、そこから謎のジャンプでテレビ台に着地し、また床に降りて廊下へ消えていく。一連の動作にかかった時間、おそらく5秒。私はコーヒーカップを持ったまま、完全に固まっていた。何が起きたのか理解するのに数秒かかった。そして理解した瞬間、深いため息が出た。これが一日に何度も繰り返されるのだ。

ちなみに、この前友達が家に遊びに来たとき、ムギの運動会を目撃して「サーカス団にでも入れたら?」って真顔で言われた。冗談じゃなく本気のトーンだったから、ちょっと傷ついた……けど、否定もできなかった。

猫用のおもちゃは一通り買い揃えた。ネズミの形をしたやつ、羽根がついた棒、自動で動くボール、それから評判が良いっていうレビューを信じて買った「キャットダンサー」っていうブランドのワイヤー製おもちゃ。どれもムギは最初の3分だけ興味を示して、あとは見向きもしない。結局一番のお気に入りは、私が脱ぎ捨てた靴下とか、ティッシュの空き箱とか、そういう「ゴミ」なんだよね。なんのために3000円も出したんだろう、あのおもちゃ。

走り回る理由を調べてみたこともある。インターネットで「猫 走り回る 理由」って検索すると、「狩猟本能」とか「エネルギー発散」とか、もっともらしい説明がたくさん出てくる。夕方から夜にかけて活発になるのは、野生時代の名残で薄明薄暮性だから、とか。でも知識として理解できても、目の前で食器棚の上から飛び降りてくるムギを見ると、やっぱり呆然としてしまう。あと、うちの場合は昼間も普通に走り回ってるから、薄明薄暮性とか関係ないんじゃないかと思ってる。

夜中の2時に目が覚めることも増えた。ドタドタドタドタ、という足音——いや、肉球だから足音というより振動?——が廊下に響いて、そのあと「ガシャン!」って何か倒れる音がする。最初の数日は飛び起きて確認しに行ってたけど、最近はもう諦めて二度寝する。朝起きてから被害状況を確認すればいい。たいてい倒れてるのは、洗面所の歯ブラシスタンドか、玄関の傘立てか、キッチンの調味料ラックのどれかだ。

ムギが走り回る直前には、ある種の「予兆」がある。耳がピンと立って、瞳孔が開いて、尻尾がわずかに震える。そして腰を低くして、お尻を左右に振り始める。この動作を見たら、心の準備をしたほうがいい。3秒後には部屋中が運動場に変わる。私はソファの上で膝を抱えて、ただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

猫を飼うって、こういうことなんだろうか。

SNSで見る他の人の猫は、みんなもっとおとなしくて、日向でまったり寝てたり、飼い主の膝の上で丸くなってたりする。うちにもそういう時間はある。夕方、疲れ果てたムギが私の隣にごろんと横になって、ゴロゴロ喉を鳴らしながら眠りにつく瞬間。その顔を見てると、さっきまでの騒動も許せる気がしてくる……気がするだけで、やっぱり散らかった部屋を見ると少し呆れるんだけど。

いま、この文章を書いている横でムギが寝ている。穏やかな寝息。柔らかい毛並み。ときどきピクピクと耳が動いて、夢でも見てるのかもしれない。起きたらまた走り回るんだろうな、と思うと少し憂鬱だけど、それも含めてムギなんだろう。

呆然と猫を見つめる私の日常は、たぶんこれからも続く。

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