
朝の6時。私はまた、猫を見つめている。
この子がうちに来たのは3ヶ月前で、保護猫カフェ「にゃんぷらす」で一目惚れしたんだけど、まさかここまで賑やかな生き物だとは思わなかった。今も目の前で、何かに取り憑かれたように走り回っている。理由は不明。というか、理由なんてないんだろうな。
呆然と見つめる私の横を、灰色の弾丸が通り過ぎる。カーテンを駆け上がり、本棚の上に飛び移り、そこから冷蔵庫の上へ。着地の瞬間、冷蔵庫の上に置いてあった空き缶が床に落ちて、カランカランと乾いた音を立てる。猫は一瞬だけ動きを止めて、まるで「何か音がした?」みたいな顔でこっちを見る。お前が落としたんだよ。
昔飼ってた犬は、もっとこう、穏やかだった。朝はゆっくり起きて、ご飯を食べて、散歩に行って、昼寝して。規則正しい生活をしていた気がする。というか、犬って基本的に人間のリズムに合わせてくれるじゃん? でも猫は違う。完全に独自のタイムテーブルで生きている。
私がコーヒーを淹れようとキッチンに立つと、足元にまとわりついてくる。「ご飯?」って顔で見上げてくる。さっき食べたばかりだろ、と思いながらも、その丸い瞳に負けてちょっとだけおやつをあげてしまう。すると今度は、おやつを2粒ほど食べた後、急に飽きたように走り出す。リビングを一周、二周、三周。ソファの下をくぐり抜け、テーブルの脚の間をすり抜け、またカーテンに突撃。
呆れる。本当に呆れる。
でも、止める気にもならない。だって止めたところで無駄なのは分かってるから。一度スイッチが入った猫を止めるなんて、台風の進路を変えるくらい無理な話だ。だから私はただ、コーヒーカップを両手で包みながら、その様子を眺めている。湯気が顔にかかって、少し暖かい。窓の外はまだ薄暗くて、街灯の光が部屋に差し込んでいる。
ふと、猫が止まった。息を切らして、舌を少しだけ出している。疲れたのかな、と思った瞬間、また走り出した。
何がそんなに楽しいんだろう。何がそんなに urgent なんだろう。獲物を追いかけているわけでもない。遊んでほしいわけでもない。ただ、走りたいから走っている。そういう生き物なんだと、最近ようやく理解し始めた。理解したからといって、呆れなくなるわけじゃないけど。
この前、友達が遊びに来たとき、「猫ってもっと大人しいイメージだった」って言われた。私もそう思ってた。SNSで見る猫はみんな、丸くなって寝てるか、飼い主の膝の上で目を細めてるか、窓辺で外を眺めてるか。そういう静的な姿ばかりだった。でも現実は違う。少なくともうちの猫は、静止画として成立する時間が1日のうち30分あるかないかだ。
今、猫は私の足元で急ブレーキをかけた。フローリングの上で滑って、壁にぶつかりそうになって、ギリギリで止まる。そして何事もなかったかのように、毛づくろいを始める。
私は呆然としたまま、冷めかけのコーヒーを一口飲む。苦い。砂糖を入れ忘れた。でも取りに行く気力もない。だって立ち上がったら、また猫が興奮して走り出すかもしれないから。
そういえば、この子の名前、まだちゃんと決まってない。一応「タマ」って呼んでるけど、反応しない。というか、猫って基本的に名前で反応しないよね。都合のいいときだけ振り向く。それもまた、呆れるポイントではあるんだけど…まあ、いいか。
猫はまた走り出した。今度は何周するんだろう。数える気にもならない。私はただ、その姿を目で追いながら、朝が来るのを待っている。


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