賑やかな猫と、呆然とする私の午後

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窓から差し込む十月の午後の光が、フローリングに細長い影を落としている。少し肌寒さを感じる季節の変わり目で、カーディガンを羽織ったまま私はソファに座り、目の前で繰り広げられる光景を呆然と眺めていた。我が家の猫、名前はミルク。生後八ヶ月になる雑種の白猫である。その猫が、まるで何かに憑かれたように部屋中を駆け回っているのだ。

最初は何かに驚いたのかと思った。しかし違う。ミルクは明らかに楽しんでいる。リビングからキッチンへ、キッチンから廊下へ、廊下から再びリビングへと、円を描くように走り続けている。その速度は尋常ではない。足音すらほとんど聞こえず、ただ白い影が視界を横切るばかりだ。私は何度か「ミルク」と呼びかけてみたが、まるで聞こえていないかのように彼女は走り続ける。

ふと、子どもの頃に飼っていた犬のことを思い出した。あの犬も夕方になると突然庭を走り回ることがあった。父は「犬の運動会だ」と笑っていたが、私はその理由が分からず不思議に思っていた。今、目の前で同じような光景を見ている。ただ、犬と違って猫の運動会はもっと唐突で、もっと激しい。

ミルクがソファの背もたれに飛び乗り、そこから一気にテーブルへ跳躍する。テーブルの上には私が淹れたばかりのカモミールティーが入ったカップが置いてあった。危ない、と思った瞬間、ミルクはカップの横を器用にすり抜け、再び床へと降り立つ。心臓が一瞬止まりかけたが、カップは無事だった。しかし私の心臓は無事ではない。

そのまま彼女は本棚の前で急停止し、何かを見つめている。私も視線を向けるが、そこには何もない。壁があるだけだ。ミルクは耳をピンと立て、尻尾を太く膨らませている。まるで見えない敵と対峙しているかのようだ。そして数秒の静寂の後、また走り出す。今度は逆方向へ。

呆れるというよりも、もはや感心に近い感情が湧いてくる。この小さな生き物は、一体どこからそんなエネルギーを引き出しているのだろう。朝ごはんを食べた後、昼過ぎまでずっと寝ていたはずなのに。猫の体内には、人間には理解できない何かのスイッチが存在するのかもしれない。

リビングの空気はほんのりと温かく、窓の外からは遠くで子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。秋の午後特有の、少し物憂げで穏やかな時間。そんな静けさの中で、ミルクだけが異次元の速度で動き続けている。まるで時間の流れが彼女だけ違うかのようだ。

そういえば、先日友人が「猫を飼うと人生が豊かになる」と言っていた。確かにその通りかもしれない。ただ、こういう予測不可能な瞬間も含めての豊かさなのだろう。平穏な日常に突如として訪れる、小さな混沌。それが猫との暮らしなのだと、今なら理解できる。

ミルクがようやく走るのをやめた。息を切らせているわけでもなく、涼しい顔で私の足元にやってくる。そして、何事もなかったかのように私の膝に飛び乗り、丸くなる。その瞬間、さっきまでの激しい動きが嘘のように思えた。膝の上で感じる小さな体温と、規則正しい呼吸。柔らかい毛並みに触れると、かすかに温かい。

私はそっとミルクの頭を撫でる。彼女は目を細め、喉を鳴らし始めた。ゴロゴロという振動が膝に伝わってくる。さっきまで部屋中を駆け回っていた生き物と同一とは思えないほど、今は穏やかだ。

カップに手を伸ばし、カモミールティーを一口飲む。少しぬるくなっていたが、優しい香りが口の中に広がる。窓の外では夕暮れが近づき始め、光の色が少しずつオレンジ色に変わっていく。ミルクは私の膝の上で完全に眠りについたようだ。その寝顔はあまりにも無邪気で、さっきの狂乱が本当にあったのか疑わしくなる。

結局、猫が走り回る理由は分からないままだ。インターネットで調べれば何か答えが見つかるかもしれないが、今はそんな気分ではない。理由なんてどうでもいい。ただ、この不思議な生き物と一緒に暮らしているという事実が、私の日常を少しだけ特別なものにしてくれている。それだけで十分だと思う。

膝の上のミルクが小さく寝息を立てている。私は動かないように気をつけながら、もう一口お茶を飲んだ。部屋には静けさが戻り、時計の秒針の音だけが規則正しく響いている。猫を見つめる私の表情は、呆然というよりも、もう少し柔らかなものに変わっていたかもしれない。

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