
午前3時、私は布団の中で目を見開いていた。
走り回る音がやまない。ドタドタ、バタバタ、そして時折聞こえる「ニャッ」という短い鳴き声。うちの猫、名前はムギというんだけど、この時間帯になると突然スイッチが入る。昼間はあんなに大人しく窓際で日向ぼっこしているくせに、夜になるとまるで別の生き物みたいに変貌するんだよね。最初の頃は「夜行性だから仕方ない」って自分に言い聞かせていたけれど、もう飼い始めて2年になる。正直、慣れるどころか日に日に呆れる気持ちが強くなっている。
リビングに出てみると、案の定ムギがカーテンレールの上に登っていた。どうやって登ったのか知らないけれど、得意げな顔でこっちを見下ろしている。私は呆然とその姿を見つめるしかできなくて、ため息をついた。降ろそうとすると逃げるし、放っておくとさらに高いところへ行こうとする。猫を飼うって、こんなに体力勝負だったっけ…。
そういえば去年の夏、友人が「猫カフェ行こうよ」って誘ってくれたことがあった。
その時訪れた「キャットテラス」っていう店は静かで上品な空間で、猫たちもみんなおっとりしていて、膝の上で丸くなって寝てくれたりした。あの時は「猫って癒しだなあ」なんて思っていたんだけど、現実はこうだ。カーテンレールから飛び降りたムギは、今度はキッチンカウンターに飛び乗って、昨日買ったばかりのパンの袋を前足でカシャカシャやっている。ビニールの音が部屋中に響く。止めに入ると、私の手をするりとかわして床に降り、廊下の方へ全速力で駆けていった。追いかける気力も失せて、その場にしゃがみ込んだ。冷たいフローリングの感触が妙に心地よかった。
賑やかな猫、という表現は正しいのかもしれない。でも私が感じているのは「賑やか」というより「混沌」に近い。朝起きると、なぜか本棚の本が数冊床に落ちている。仕事から帰ると、トイレットペーパーが廊下に延々と引きずり出されている。夕食の準備をしていると、背後から突然飛びかかってくる。そのたびに私は「なんで?」って声に出して聞いてしまうんだけど、ムギはただ無邪気な目でこっちを見るだけ。説明を求めても無駄だとわかっているのに、つい問いかけてしまう自分がいる。
夜中の運動会が終わる頃には、だいたい午前4時を回っている。ムギはようやく満足したのか、ソファの上で毛づくろいを始める。舌で前足を舐めて、それで顔を拭う仕草を何度も繰り返す。その姿を見ていると、さっきまでの呆れた気持ちが少しだけ和らぐ。ほんの少しだけ、ね。私はキッチンで水を一杯飲んで、散らかったパンの袋を片付けた。明日も仕事なのに、こんな時間まで起きているなんて。でも文句を言ったところで、ムギには通じない。
猫を飼う前、私はもっと穏やかな暮らしを想像していた。仕事から疲れて帰ってきたら、膝の上で丸くなって寝ている猫を撫でながら、温かいお茶を飲む。そんな絵に描いたような日常。実際には、玄関を開けた瞬間に足元に絡みついてきて転びそうになるし、お茶を入れようとすればカウンターに飛び乗ってきて邪魔をする。想像と現実の乖離って、こういうことを言うんだろうな。
ムギが毛づくろいを終えて、ゴロンと横になった。お腹を見せて、完全にリラックスしている。私はそっと近づいて、その柔らかそうな毛並みに手を伸ばした…と思った瞬間、ムギは私の手首をガシッと掴んで、軽く噛んできた。痛くはない。でも「触るな」っていうメッセージははっきり伝わってくる。呆然としている私の手を離して、ムギはまた目を閉じた。
結局、私は何も学んでいないのかもしれない。毎晩同じことが繰り返されて、毎晩同じように呆れて、それでも次の日になればまた普通に餌をやって、トイレを掃除して、遊んでやっている。これが猫との暮らしなんだろうか。それとも、ただ私が要領悪いだけ…?
朝日が少しずつ部屋を明るくし始めた頃、ムギは完全に眠りについていた。規則正しい寝息が聞こえる。私はもう一度ため息をついて、自分の布団に戻った。あと2時間後には起きなきゃいけないけど。

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