私の読書タイムには、いつも決まって可愛らしい妨害者が現れます。その名も「モカ」、私の3歳になる茶トラの女の子です。本を開いた瞬間から始まる彼女との攻防戦は、今では私の生活の一部となっています。
今日も仕事から帰って、やっと手に入れた新刊を読もうとソファに腰かけました。表紙をめくる音を聞きつけたのか、どこからともなく現れたモカが、私の膝の上で準備体操を始めます。まるで「私の出番ね!」と言わんばかりの得意げな表情です。
本を開いて数ページ目、物語に没入しようとした矢先、モカの尻尾が文字の上をゆっくりと横切ります。「ねぇ、構って?」という無言のメッセージが込められているのは明らかです。私は軽く尻尾をよけながら、読書を続けようとします。しかし、これは彼女との戦いの序章に過ぎませんでした。
次に彼女が繰り出してきたのは、本の上に前足を置いて、じっと私の顔を見つめる作戦です。その大きな瞳で見上げられると、誰でも読書どころではなくなってしまうはず。私は思わず本から目を離して、彼女の頭を撫でてしまいます。モカにとって、これは大きな勝利の一歩となりました。
しかし、私も簡単には諦めません。モカの頭を撫でながらも、片手で本を持ち続けます。すると今度は、本の間に顔を突っ込んでくるという離れ業を披露。私の視線と本の間に割り込んでくる彼女の姿は、困りながらも思わず笑みがこぼれるほど愛らしいものでした。
読書を諦めて彼女と遊ぼうかと考えた瞬間、予想外の展開が起きます。モカが突然、本の上で丸くなって寝始めたのです。私の膝の上で、開いた本を温かな寝床として選んだようです。彼女の寝顔は実に穏やかで、さっきまでの邪魔っけぶりが嘘のようです。
この状況で読書を続けるのは至難の業です。本のページをめくることもできず、モカを起こすのも忍びない。でも、不思議と苛立ちは感じません。むしろ、彼女の温もりと規則正しい寝息が心地よく感じられます。
思えば、モカが我が家にやってきてから、私の読書スタイルは大きく変わりました。以前は一気に読み終えることにこだわっていましたが、今では途中で中断することも多くなりました。でも、それは決して悪いことではありません。むしろ、本を読むという単独の楽しみに、モカとの温かな触れ合いという新しい喜びが加わったのです。
時には、モカの邪魔が激しすぎて、まったく本が読めない日もあります。特に新しい本を買ってきた日は、私の注目が本に向くことを察してか、普段以上に積極的にアピールしてきます。本の匂いを嗅ぎ、ページを爪で引っかこうとし、時には私の手から本を落とそうとすることさえあります。
そんな時は、いったん本を閉じて、モカとの時間を優先することにしています。彼女のお気に入りのおもちゃで遊んだり、ブラッシングをしたり、単純に膝の上で撫でてあげたり。これらの時間は、決して無駄ではありません。むしろ、心が癒され、リフレッシュできる大切なひとときとなっています。
面白いことに、モカと十分に遊んだ後は、彼女の方から離れていって、私の読書タイムを邪魔しなくなることがあります。まるで「はい、もう満足したから好きにして」と言っているかのようです。そんな時は、彼女の賢さと思いやりに感心させられます。
最近では、モカの行動パターンを理解し、上手く付き合えるようになってきました。例えば、彼女が最も活発な夕方は読書を避け、彼女が午後の昼寝をする時間帯に読書の時間を確保するようになりました。また、読書をする前に少し遊ぶ時間を設けることで、その後の読書がスムーズになることも分かってきました。
しかし、時として予想外の展開もあります。静かに読書していると思ったら、突然本の上に飛び乗ってきたり、私の肩に乗って首元で寝始めたり。そんな予測不能な行動も、今では愛おしい思い出として積み重なっています。
本を読むという単純な行為が、モカのおかげでこれほど豊かな経験になるとは、彼女を迎える前には想像もしていませんでした。確かに、以前のように効率よく読書を進めることはできなくなりました。でも、その代わりに得られた温もりと癒しは、何物にも代えがたい宝物となっています。
今では、読書中のモカの邪魔は、私にとって特別な日常の一コマとなっています。本の上で寝ている彼女を見ながら、「この子がいなかったら、読書はもっと寂しいものだったかもしれない」と思うことさえあります。
結局のところ、モカの存在は、私の読書生活に彩りを添える、かけがえのない要素となったのです。時には邪魔者となり、時には癒しを与えてくれる。そんな彼女との読書タイムは、私の大切な日課となっています。本を読むことと猫を愛でること、この二つの幸せが重なり合う時間は、何よりも贅沢な私の宝物なのです。
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