猫は、私の読書時間を知っている

Uncategorized

ALT

午後三時を回った頃、リビングの窓から斜めに差し込む光が、ソファの肘掛けあたりまで届く。その光の帯が本のページを照らすちょうどいい角度になるのを待って、私はいつも読書を始める。今日もそうだった。コーヒーを淹れて、クッションを背中に挟んで、ようやく開いた文庫本の一ページ目に目を落とした瞬間、彼女が来た。

三毛猫のミルは、私が本を開くタイミングを完璧に把握している。台所にいようが、廊下で昼寝をしていようが、私が本に手を伸ばすと必ずやってくる。まるで何かのアラームが鳴ったかのように。今日も例外ではなかった。本の匂いを嗅ぐように近づいてきたミルは、まず私の膝の上に前足を乗せて様子を伺う。そして躊躇なく、開いたばかりのページの真ん中に顔を突っ込んできた。

「ミル、読めないよ」と声をかけても、彼女は全く動じない。それどころか、私が本を少し持ち上げると、今度は体ごと本の下に潜り込もうとする。ページの隙間から覗く黄色い瞳が、まっすぐこちらを見つめている。その視線には「本より私を見て」という明確な意志が宿っていた。仕方なく本を閉じてミルの頭を撫でると、彼女は満足そうに喉を鳴らし始める。

子どもの頃、祖母の家で飼っていた茶トラの猫も、似たようなことをしていた。祖母が新聞を広げると必ず紙面の上に座り込み、祖母が困った顔をするのを楽しんでいるようだった。あの頃は「猫ってわがままだな」と思っていたけれど、今なら少し分かる気がする。彼らは私たちの注意が別のものに向けられることを、敏感に察知しているのだ。

ミルを膝の上に乗せたまま、もう一度本を開いてみる。今度は彼女の頭の向こう側にページが見える角度を探しながら。しかしミルは、私が本に視線を戻した途端、再び動き出した。今度は本の角を前足で押さえにかかる。爪は出していないものの、その仕草はまるで「これ以上読ませない」と宣言しているかのようだった。

窓の外から、誰かが庭木の剪定をしているらしい音が聞こえてくる。チョキチョキという乾いた音と、時折聞こえる小鳥の声。季節は初夏に差し掛かっていて、風が運んでくる空気にはかすかに青葉の香りが混じっていた。こんなに穏やかな午後なのに、私は一向に読書を進められない。

ミルは今度、本の上に顎を乗せるという新しい戦術に出た。重さはそれほどでもないけれど、本を持つ手に確実に負荷がかかる。そして何より、彼女の柔らかい毛が鼻先をくすぐって、集中力が完全に途切れてしまう。ページをめくろうとすると、その動きに合わせて頭を動かし、常に視界の中心に自分を配置する。その執念には、ある種の感心すら覚える。

私がため息をつくと、ミルは少しだけ体勢を変えた。そして今度は、本ではなく私の顔をじっと見つめ始めた。その瞳の奥には、言葉にならない何かが詰まっている。「遊んで」なのか「撫でて」なのか、それとも単に「こっちを見て」なのか。はっきりとは分からないけれど、彼女が私の時間を欲しがっているのは間違いなかった。

結局、本を閉じてサイドテーブルに置く。ミルは勝利を確信したように、私の胸元に顔を埋めてきた。そのまま目を細めて、小さく鼻を鳴らす。その音が、まるで「やっと分かってくれた」と言っているようで、私は思わず笑ってしまう。本の続きが気になるのは確かだけれど、この温かさと柔らかさは、今この瞬間にしか存在しない。

手のひらでミルの背中を撫でると、彼女の体温が指先に伝わってくる。規則正しい呼吸のリズムが、私の手に小さな振動となって響いている。窓から差し込む光は少しずつ角度を変えて、今はソファの背もたれあたりを照らしていた。時間は確実に流れているのに、この空間だけが別の速度で動いているような錯覚に陥る。

ふと、テーブルの上に置いたままのコーヒーカップに目が行く。すっかり冷めてしまっているだろう。ミルを抱えたまま手を伸ばそうとしたその時、彼女が突然立ち上がった。そして何事もなかったかのように、ソファから飛び降りて窓辺へと歩いていく。その後ろ姿を見ながら、私は呆然とする。散々邪魔をしておいて、満足したら勝手に去っていく。その身勝手さが、なぜか愛おしい。

再び本を手に取る。さっきまでのページを探して、中断していた文章に目を戻す。でも不思議なことに、もう集中できない。ミルの温もりがまだ膝の上に残っているような気がして、彼女がいない空間が妙に広く感じられる。結局、本を読むことよりも、彼女に邪魔をされることの方が、私にとっては大切な時間だったのかもしれない。

窓辺で外を眺めているミルの横顔を見ながら、私はそんなことを考えていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました