猫に起こされる朝は、いつも突然やってくる

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ベッドの中でまどろんでいたら、顔の上に何かが乗った。

重さでいうと500グラムくらい。柔らかくて、ほんのり温かい。寝ぼけた頭で「これは…枕が落ちてきたのか?」と思ったけど、枕にしては妙に生々しい感触がある。薄目を開けたら、目の前に猫の顔があった。距離にして3センチ。こっちの鼻先と、あっちの鼻先がほぼ触れそうなくらい。瞳孔が開ききった真ん丸な目で、じっと見つめられている。朝の7時半。休日の、貴重な二度寝タイムだったんだけど。

うちの猫は起こし方にバリエーションがある。顔面着地はまだマシなほうで、ひどい時は腹の上でジャンプしたり、枕元で延々と鳴き続けたりする。一番厄介なのは、耳元で「ニャッ」と短く鳴いて、反応がないと前足で頬をぺちぺち叩いてくるパターン。あれは本当に腹が立つ。でも怒れない。だって可愛いから。

この「可愛いから許す」という思考回路、我ながらどうかしてると思う。人間相手だったら絶対に許さないことを、猫には全部許してしまう。朝5時に起こされても、大事な書類の上で寝られても、新品のソファで爪を研がれても。友人に話したら「それ完全に支配されてるよ」と言われたけど、支配されてるのは自覚してる。むしろ喜んで支配されてる。

猫の目って、光の加減で色が変わって見える。いつもは黄緑っぽいんだけど、朝日が差し込む時間帯だと、金色に近い琥珀色になる。カーテンの隙間から入ってくる斜めの光が、猫の顔の半分だけを照らして、片目だけがキラキラ光ってる。そんな顔で見つめられたら、起きるしかないじゃん。

ベッドから出ると、猫は満足そうにしっぽを立てて、キッチンのほうへ歩いていく。要するにご飯が欲しかっただけ。愛とか絆とか、そういう高尚なものは一切ない。純粋に「腹が減った」という生理的欲求だけ。それでも私は、冷蔵庫から猫缶を取り出して、「フェリシモ」っていうブランドの陶器の皿に盛りつける。この皿、猫用にしては妙に高かったんだけど、買ってしまった。

前に飼ってた猫は、起こし方がもっと乱暴だった。いきなり布団の中に潜り込んできて、足の指を噛むという荒業。痛いし、びっくりするし、最悪の目覚めだった。それに比べたら、今の猫はまだ紳士的なほうかもしれない。顔面着地も、ある意味では愛情表現なのかも…って、そんなわけないか。

猫がご飯を食べてる間、私はもう一度ベッドに戻ろうとする。でも戻れない。なぜなら、一度起きてしまうと、もう眠気が消えてしまうから。猫の勝ち。完全に猫のペースで一日が始まる。休日なのに。予定なんてなかったのに。

ご飯を食べ終わった猫は、今度は窓辺に移動して、外を眺め始める。さっきまであんなに必死に起こしてきたくせに、もう私のことなんて眼中にない。用が済んだら即、無視。この潔さ、嫌いじゃない。というか、むしろこの身勝手さが猫の魅力なんだと思う。犬みたいに従順じゃないし、いつでも自分優先。それでいて、たまに甘えてくる。このギャップにやられる。

結局、猫に起こされる朝は、いつも同じパターンで始まる。嫌だなと思いながらも、まんざらでもない自分がいる。むしろ、猫が起こしに来ない朝のほうが、なんだか物足りなく感じてしまう。体調が悪いのかなとか、機嫌が悪いのかなとか、余計な心配をしてしまう。

人間って不思議だよね。自分の生活リズムを乱されてるのに、それを受け入れてしまう。いや、受け入れるどころか、それが日常になって、それがないと落ち着かなくなる。猫に起こされるのが当たり前になって、それが朝の儀式みたいになって。

今日も猫は窓辺で、尻尾をゆらゆら揺らしながら、外の鳥を眺めてる。私はコーヒーを淹れながら、その後ろ姿を見てる。これでいいのかもしれない、なんて思ったりして。

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