猫に起こされる朝は、いつも予告なしにやってくる

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休日の朝、布団の中でまどろんでいたら、顔の上に何かが乗った。

重さでいうと500グラムくらい。ああ、またこいつか。目を開けると、うちの猫のムギが鼻先5センチのところでじっとこっちを見ている。琥珀色の瞳が朝日を受けてキラキラしていて、正直かなり眩しい。でもこの距離感、人間相手だったら完全にパーソナルスペースの侵害なんだけど、猫だとなぜか許せてしまうのが不思議だよね。時計を見ると午前7時15分。いつもより30分早い。

ムギがベッドに来るタイミングには法則性がない。昨日は9時過ぎまで寝かせてくれたのに、今日はこれ。気分なのか、空腹なのか、それとも何か別の猫的な理由があるのか。飼い始めて3年経つけど、未だに読めない部分が多すぎる。

実は私、猫を飼う前は完全に犬派だったんだよね。実家で柴犬を飼っていて、犬のわかりやすさに慣れていたから、猫の気まぐれさには最初かなり戸惑った。友人のマキが「猫はツンデレの極致だから」って言ってたけど、本当にその通りで。昼間は完全に無視してくるくせに、朝と夜だけは妙に甘えてくる。このギャップに振り回される日々…だけど。

ムギは私の顔の上から移動して、今度は枕の横に座り込んだ。そしてゴロゴロと喉を鳴らし始める。この音、本当に反則的だと思う。低音の振動が頭に響いて、二度寝を誘ってくる。でも同時に「早く起きてごはんちょうだい」というプレッシャーも感じる。矛盾してるんだよ、このメッセージ。起きろと言ってるのか寝ていいと言ってるのか、どっちなんだ。

ベッドの中の温度は完璧だった。掛け布団の重みと、シーツの冷たさと、体温で温まった空気のバランスが絶妙で、このまま永遠にここにいたい気分になる。外からは車の音が聞こえる。日曜日なのに誰か出勤してるんだろうか。窓のカーテンの隙間から差し込む光が、白い壁に細長い線を描いている。

ムギが前足で私の頬をぽんぽんと叩き始めた。

爪は引っ込めてくれているけど、肉球の感触が妙に生々しい。ぷにぷにしてて、少しひんやりしてて。この触り心地、なんて表現すればいいんだろう。マシュマロとも違うし、餅とも違う。猫の肉球にしか存在しない独特のテクスチャー。私が反応しないと見るや、今度は鼻先を私の鼻に押し付けてくる。猫の鼻って意外と湿ってるんだよね。ちょっとくすぐったい。

仕方なく体を起こすと、ムギは満足そうに「にゃあ」と一声鳴いて、ベッドから飛び降りた。そして振り返りもせずにドアの方へ歩いていく。その後ろ姿が妙に堂々としていて、なんだか使用人扱いされてる気分になる。ああ、そうですか、お呼びですか、今参りますよ、と心の中で毒づきながら、私も重い体を布団から引きずり出した。

廊下を歩きながら、ふと去年の冬のことを思い出した。あの時期、ムギは全然起こしに来なくて、逆に心配になったんだよね。病気かと思って動物病院に連れて行ったら、獣医さんに「猫も冬は眠いんですよ」って笑われた。診察代3500円。高い授業料だった。

キッチンに着くと、ムギは自分の食器の前で待機している。尻尾をぴんと立てて、期待に満ちた目でこちらを見上げてくる。さっきまでの威厳はどこへやら、完全に「おなかすいた」モードの顔。この切り替えの早さも猫の特徴だよね。缶詰を開ける音に反応して、足元でくるくる回り始める。

ごはんを皿に盛ってあげると、ムギは一心不乱に食べ始めた。

その姿を見ながら、私はまだ半分眠い頭でコーヒーを淹れる。豆を挽く音がキッチンに響く。休日の朝の、この静かな時間。起こされたことへの不満はもうどこかに消えていて、代わりになんとなく穏やかな気持ちになっている。不思議なもんだ。

結局のところ、猫に起こされる生活というのは、自分の時間を完全にコントロールできないということで。でもそれが案外悪くないと思えるようになったのは、いつからだったかな。

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