猫と雨を眺めるだけの午後が、意外と悪くない理由

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窓の外は朝から雨で、猫がじっとガラスに張り付いている。

うちの猫は雨が降ると必ず窓際に陣取る癖があって、今日も例外じゃなかった。灰色の空から細かい雨粒が斜めに降り注いでいて、アスファルトが濡れて黒光りしている。猫の瞳孔が少し開いていて、何かを追っているような、でも何も見ていないような、そんな顔をしている。私もなんとなく隣に座り込んで、一緒に外を眺めることにした。やることは山ほどあったはずなんだけど。

雨音って不思議なもので、最初は気になるのに、しばらく聞いていると意識の外に溶けていく。猫の耳だけがときどきピクッと動いて、たぶん雨樋を流れる水の音とか、遠くで誰かが傘を開く音とかを拾っているんだろう。私には聞こえない周波数の世界。窓ガラスが少し冷たくて、額を押し付けると気持ちいい。部屋の中は暖房が効いているから、この温度差がちょうどいい。

そういえば前に住んでいたアパートでも、雨の日は猫と一緒に窓を見ていた気がする。

あの部屋は一階だったから、目の前に小さな庭があって、雨が降ると土の匂いが窓の隙間から入ってきた。今の部屋は三階だから、見えるのは向かいのマンションの壁と、その間に挟まれた狭い空だけ。でも猫は文句を言わない。どんな景色でも、外は外として受け入れているみたいだった。私の方がよっぽど贅沢なのかもしれない。

猫の尻尾が窓枠に沿ってゆっくり揺れている。リズムがあるようで、ない。完全にランダムというわけでもなくて、何か猫なりの法則があるんだろう。私はスマホを見るのをやめて、ただ雨粒がガラスを滑り落ちる軌跡を目で追った。一粒一粒が重力に従って、でもそれぞれ微妙に違うルートを通って下に落ちていく。

外では誰かが走っていった。傘も差さずに、フードを被って。

実は私、雨の日が嫌いじゃない。むしろ好きな方だと思う。世界が少しだけ音量を下げて、みんなが家の中に引っ込んで、街全体が内向きになる感じが落ち着く。猫も同じ気持ちなのかどうかは分からないけど、少なくともこの時間を嫌がっている様子はない。時計を見たら、もう三十分以上こうしていた。洗濯物は部屋干しのままだし、掃除機もかけてない。まあ、いいか。

昔、友達が「猫を飼うと時間の流れ方が変わる」って言っていたのを思い出した。当時はよく分からなかったけど、今ならなんとなく分かる。猫は時計を見ない。予定も立てない。ただ、その瞬間に自分がいたい場所にいて、やりたいことをやっているだけ。それに付き合っていると、こっちもスケジュール帳から少しだけ解放される気がする。

雨脚が少し強くなって、窓を叩く音が大きくなった。

猫の耳がまたピクッと動いた。でも視線は外したままで、まだ何かを見つめ続けている。もしかしたら、雨の向こうに私には見えない何かが映っているのかもしれない。鳥とか、虫とか、あるいはもっと抽象的な、動きそのものとか。猫の世界は私の世界とは違う解像度で成り立っていて、同じ景色を見ていても受け取っているものが全然違うんだろう。それでも、こうして隣に座っていられるのは不思議だ。

コーヒーでも淹れようかと思ったけど、立ち上がるのが面倒で結局そのままでいた。猫も動かない。雨も止む気配がない。このまま夕方になって、暗くなって、猫がご飯の時間だと気づいて窓から離れるまで、たぶん私たちはここにいる。それでいい気がしている。

何も起こらない時間って、後から思い出そうとしても輪郭がぼやけて消えていくものだけど。

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