
うちの猫が窓際で止まってる。
外は朝からずっと雨で、アスファルトが黒光りしてる。窓ガラスには細かい水滴がびっしりついていて、向こう側の景色が少しぼやけて見える。猫はじっと外を見つめていて、尻尾の先だけがたまにぴくっと動く。私もなんとなく隣に座って、同じ方向を見てみた。別に何があるわけでもないんだけど。
雨音って不思議なもので、最初はうるさいと思うのに、しばらく聞いてると逆に静かに感じてくる。屋根を叩く音、排水溝に流れ込む音、風に煽られて斜めに降る音。猫の耳がぴくぴく動いてるから、たぶんあいつも全部聞き分けてるんだろう。私には全部同じ「ザー」にしか聞こえないけど、猫にとっては違うのかもしれない。
前に住んでた部屋では窓が小さくて、こういう風に並んで座ることができなかった。あの頃の猫はまだ子猫で、雨の日はカーテンの裏に隠れてばかりいた。今はもう五歳になって、雨も怖がらなくなった。成長したというより、諦めたって感じかもしれないけど。
外を歩いてる人が一人、傘をさして急ぎ足で通り過ぎていく。猫の視線がその人を追いかけた。私も目で追う。その人はコンビニの袋を二つ持っていて、片方からネギが飛び出してた。ネギ。今日の夕飯、何にしようかな。冷蔵庫には卵とキャベツしかなかったはずだけど…まあいいか。
窓ガラスが少し曇ってきて、猫の吐息の跡が小さく丸く残ってる。
そういえば去年の夏、友達が「レインウィスパー」っていうアロマディフューザーをくれたことがあった。雨の匂いを再現してるらしいんだけど、正直あれは雨というより、濡れた土と洗剤を混ぜたような匂いで、全然リラックスできなかった。一回使ってそのまま押入れ行き。今もたぶんどこかにある。猫も嗅いだ瞬間に逃げてったし、あれは失敗だったな。本物の雨の匂いには敵わない。今、窓を少しだけ開けたら、湿った空気と土の匂いが入ってくる。これが一番いい。
猫が小さくあくびをした。喉の奥まで見える。私もつられてあくびが出そうになる。時計を見たら午後三時。こんな時間に何もしないで座ってるなんて、平日だったら考えられない。でも今日は休みだし、雨だし、やることもないし。洗濯物は部屋干しにしたし、掃除も昨日やった。スマホを見る気にもならない。
窓の外では雨脚が少し強くなってきた。風も出てきたみたいで、街路樹の枝が揺れてる。葉っぱから雫が飛んで、地面に小さな波紋を作ってる。猫の目がその動きを追ってる。狩りの本能なのか、ただの興味なのか、わからない。私には何もかもがぼんやりしてて、輪郭がはっきりしない。それでいいような気がする。
昔、誰かが「猫は雨の日に哲学者になる」って言ってたのを思い出した。本当かどうかは知らないけど、今のこいつを見てると、なんとなくわかる気もする。何か深いことを考えてるような顔をしてる。それとも、ただ単に退屈なだけかもしれないけど。
私の膝の上に猫が移動してきた。重い。でも温かい。このまま動けなくなるパターンだ。トイレ行きたくなったらどうしようとか考えるけど、まだ大丈夫。たぶん。猫の背中に手を置くと、小さく震えてる。呼吸してるからだ。生きてるってこういうことなんだろうな、とか、柄にもないことを考える。
雨はまだ降り続いてる。天気予報では夜まで続くって言ってた。晩ごはんの買い物に行くタイミング、完全に逃した。まあ、卵かけご飯でもいいか。キャベツは…千切りにして、ドレッシングかければ何とかなる。
窓の向こうで、また誰かが傘をさして歩いてる。今度は犬を連れた人だ。犬は雨が嫌そうに歩いてる。猫の耳がまたぴくっと動いた。犬のこと、気になるのかな。それとも、ただの反射かな。
特に何も起きない午後。でも、こういう時間も悪くない…と思う。

コメント