
三月の午後二時を少し回った頃、窓から差し込む光が食卓の端を照らしていた。まだ少し冷たさを含んだ空気の中に、春の気配がほんのりと混じり始めている。そんな季節の境目のような日、私は猫と一緒に遅めの昼食をとっていた。
猫と暮らすようになって三年が経つ。最初の頃は、猫が食事中にテーブルの上に飛び乗ってくることに困惑していたものだ。しかし今では、彼女が私の隣の椅子に座って、じっと食卓を眺めている光景が日常になった。人間の食べ物には興味がないはずなのに、なぜかいつも一緒に食卓を囲みたがる。その理由は未だにわからない。
この日の昼食は、冷蔵庫にあった野菜を使った簡単なパスタだった。トマトとバジルの香りが部屋に広がる。フォークでパスタを巻き取りながら、ふと猫の方を見ると、彼女は窓の外を眺めていた。庭の木の枝に止まった小鳥を見つけたらしい。耳がぴくりと動き、尻尾の先だけが小刻みに揺れている。
私が子どもの頃、祖母の家にも猫がいた。真っ黒な毛並みの、名前を「クロ」という、実にストレートなネーミングの猫だった。その猫も食事の時間になると必ず台所に現れて、祖母の足元でじっと待っていたことを思い出す。猫という生き物は、人間の食事の時間を不思議と察知する能力があるのかもしれない。
パスタを食べ終えて、コーヒーを淹れようとキッチンに立った。棚から取り出したのは、最近気に入っている「ノルディア」という北欧風のカフェで購入した豆だ。深煎りで少し苦味があり、午後のまったりとした時間にちょうどいい。ドリップする湯の音が静かに響く。
コーヒーカップを持って食卓に戻ると、猫がいつの間にか私の椅子に移動していた。「そこ、私の席なんだけど」と声をかけると、彼女は少しだけこちらを見て、それからまた窓の外に視線を戻した。完全に無視である。仕方なく、隣の椅子に座ることにした。人間が猫に席を譲る。我が家ではよくあることだ。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。一口飲むと、ほろ苦さと深い味わいが口の中に広がった。猫はまだ窓の外を見ている。先ほどの小鳥はもういないはずなのに、何を見ているのだろう。彼女の視線の先には、風に揺れる木の枝と、青い空だけがあった。
猫と暮らすということは、こういう些細な時間の積み重ねなのかもしれない。特別なことが起こるわけではない。ただ、同じ空間に存在して、それぞれが自分の時間を過ごす。私はコーヒーを飲み、猫は窓の外を眺める。それだけのことなのに、不思議と心が落ち着く。
食卓の上には、使い終わった皿とフォーク、そしてコーヒーカップがある。普段ならすぐに片付けるところだが、今日はそのままにしておいた。この穏やかな時間を、もう少しだけ引き延ばしたかった。
猫がふいにあくびをした。小さな口を大きく開けて、牙が見える。あくびが終わると、彼女は体を丸めて椅子の上で眠る準備を始めた。まだ午後の早い時間だというのに、もう昼寝の時間らしい。猫の一日は、人間よりもずっとゆったりと流れているように見える。
窓の外では、風が少し強くなってきた。木の枝が大きく揺れ、葉が擦れ合う音が聞こえる。春の風は、冬とは違う柔らかさを持っている。冷たいけれど、その中に温もりの予感がある。
コーヒーを飲み干して、ようやく立ち上がった。食器を流しに運び、軽く水で流す。猫は完全に眠りに落ちたようで、規則正しい寝息を立てていた。その寝顔を見ていると、こちらまで眠くなってくる。
食器を洗い終えて、もう一度食卓に戻った。猫はまだ眠っている。私もソファに座って、本を開いた。読みかけの小説の続きを読もうと思ったのだが、数ページめくったところで目が重くなってきた。春の午後の光と、満腹感と、猫の寝息が、眠気を誘う。
結局、本を閉じて目を閉じた。猫と私、それぞれの場所で午後の時間を過ごす。こんな何でもない日常が、実はとても贅沢なことなのかもしれない。そんなことを考えながら、私もうとうとと眠りに落ちていった。
目が覚めたのは一時間ほど後だった。猫はまだ眠っている。窓の外の光は少し傾いて、部屋の雰囲気が変わっていた。春の一日は、こうして静かに過ぎていく。


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