私の生活は、いつからこんなに騒がしくなってしまったのだろう。今日も朝から家中を疾走する猫たちの足音が響き渡り、ため息まじりに天井を見上げる私。静かな朝食を楽しみたいだけなのに、なぜこうも平穏が遠ざかってしまうのか。
リビングでは、茶トラのミイが観葉植物の周りをグルグルと回り、黒猫のクロが本棚の上から下を威嚇するように見つめている。この光景を目にするのも、もう何度目だろう。「また始まった」と呆れながら、私は朝食のパンに手を伸ばす。
突然、ミイがソファーに飛び乗り、そこからさらに本棚へと華麗なジャンプを決める。クロは驚いて後ずさり、バランスを崩して本を数冊落としてしまった。ガタンという音と共に、床に散らばる本。私は目を閉じて深いため息をつく。これが毎日の日課となっている。
「もう、いい加減にしなさい!」と声を張り上げるものの、二匹の猫たちはまったく気にする様子もない。むしろ、私の声に興奮したのか、さらに激しく走り回り始める。キッチンからリビング、廊下を経て寝室まで。まるでF1レーサーのように家中を疾走する姿に、呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。
私が猫を飼い始めたのは3年前のこと。当時は、穏やかでおとなしい生活を送れると思っていた。テレビや雑誌で見る、優雅に窓辺で昼寝をする猫の姿に憧れて。しかし現実は違った。特に朝と夕方になると、まるで別の生き物に変身したかのように活発になる二匹。
ミイは元々保護猫で、最初は人見知りが激しかった。それが今では私の膝の上に乗って甘えてくることもある。もっとも、そんな大人しい時間は長く続かない。クロに追いかけられると、たちまち走り出してしまうのだ。
クロは生まれた時から我が家で育った猫で、好奇心旺盛な性格。家具の上や狭い隙間など、どんな場所でも探検しようとする。そんな姿を見ているとハラハラするが、彼の冒険心は留まるところを知らない。
昼食時になると、やっと二匹も落ち着きを取り戻す。窓際の日向ぼっこスポットで、互いに寄り添って眠る姿は実に平和だ。この時ばかりは、さっきまでの騒動が嘘のよう。しかし、この静けさも束の間。誰かが玄関を通りかかる足音でも聞こえようものなら、再び走り出す準備を整えている。
夕方になると、またしても活動開始の時間。今度は私の仕事中のパソコンの前を何度も横切り、キーボードの上に乗ろうとする。「仕事に集中させて!」と叱るものの、その声も虚しく響くばかり。
夜になっても彼らの活動は続く。就寝準備を始めると、布団の中にもぐりこんでは暴れまわる。私が布団に入ろうとすると、それを合図に布団の上を走り回り始める。「もう寝る時間でしょ?」と諭しても、まったく効果がない。
しかし、そんな賑やかな二匹を見ていると、不思議と心が温かくなる。確かに、思い描いていた穏やかな猫との生活とは違う。でも、この予測不能な毎日には独特の魅力がある。彼らの無邪気な姿を見ていると、日々の疲れも忘れてしまう。
時には本当に呆れてしまうこともある。大切にしていた観葉植物が倒されたり、カーテンが引き裂かれたり。でも、そんな時でも彼らは罪悪感のかけらもない純真な目で私を見つめる。その表情を見ると、怒る気も失せてしまう。
夜遅く、やっと二匹が眠りについた時。私は彼らの寝顔を見つめながら考える。確かに騒がしい。確かに手がかかる。でも、この賑やかな日々こそが、私の人生に彩りを与えてくれているのかもしれない。
静かな生活を夢見て始めた猫との暮らし。結果的に得たのは、予想をはるかに超える騒がしさと、それ以上の幸せだった。寝室の時計が深夜を指す中、私は今日も幸せな疲労感と共に眠りにつく。明日もきっと、賑やかな朝が始まるのだろう。そう思うと、少し笑みがこぼれる。
猫との生活は、決して理想通りにはいかない。でも、その予測不能な展開こそが、日々の生活を特別なものにしてくれる。呆れながらも愛おしく思える。それが猫との暮らしの本当の魅力なのかもしれない。私は今日も、彼らの寝顔を最後に目を閉じる。明日はどんな騒動が待っているのだろう。そんな期待と不安が入り混じった気持ちを抱きながら。
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